第25話 紅月-25


 彼は山内浩といった。立山高校の三年生だった。受験か就職か悩んでいるところで、考えるのが面倒くさくなった時はバイクで流すということだった。学校がちょうど泉央一号線沿いにあることもあって、ここまで時々来るということだった。

 由起子は山内のバイクに乗せてもらい、彼にしがみついている時が何よりも楽しい時間になっていった。


 とっぷりと日も落ちた頃、ブレーキランプの赤が闇に映え、二人乗りのバイクが止まった。

「今日もありがとう」

寮の前で降ろしてもらい、ヘルメットを脱ぎながら由起子はそう言った。山内はヘルメットを被ったまま応えた。

「んん、こっちこそ。楽しいよ、由起子ちゃんと一緒だと」

表情は見えなかったが、彼の目元は微笑んでいた。

「そんな、こっちこそ。それに、本当に安全運転だから、あたしも安心して乗ってられるし」

「だって、女性を乗せて無茶はできないよ」

由起子は顔が赤くなるのを感じた。

「じゃあ、また」

「今度、土曜日?」

「うん。二時に」

「うん。じゃあ、さよなら」

「さよなら」

 由起子は見送りながらテールランプが見えなくなると淋しい気分に襲われた。それと後ろ暗い気分がいつまでも消えなかった。こんなにも優しくしてくれる彼に、まだ自分が、ファントム・レディであることが言えないでいる。それを言い出すには、あまりに彼は無垢に思えた。由起子は、告白しなければいけない日が来ないことを祈った。



 細いカーブを登ると、開けた丘にバイクは止まった。由起子は、バイクを降り、ヘルメットを取った。高台の丘は田園風景の真ん中に立っている立山高校を一望できた。風が由起子ののびた髪をくすぐる。傾きかけた陽射しは、由起子の顔を紅潮させた。由起子は風と陽の感触を楽しみながら、その風景を眺めた。

「結構、きれいだろ」

「ん。新設だっけ?」

「うん。五年。僕が三期生」

「あたしも、三期生」

二人は顔を見合わせながら笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る