第24話 紅月-24


          * * *


 「ねぇ、君ずっとここでトレーニングしてるね」

バイクに跨がったまま、その男は話し掛けてきた。由起子は息を整えながら、頷いた。

「陸上部?」

「んん。野球部」

「へぇ~、野球部?どこ、女子校?」

「んん、そこの泉央学園」

「あそこ?あそこって、こないだ甲子園出たじゃない?あそこの、マネージャー…っていう雰囲気じゃないね。選手?」

由起子はにっこり微笑みながら頷いた。

「へぇ~、女の子が選手なんだぁ。でも、公式戦出れないでしょ?」

「うん。練習試合も、相手の監督の許可がないと出れないの」

「野球、好きなんだ?」

「うん」

「頑張んなよ」

そう言うと男はヘルメットをかぶり、バイクを走らせて去って行った、軽く手を振りながら。


          * * *


 ―――キザ!

 ここでこう喋るとそう聞こえるけど、その時は全然そんなことなかったのよ。ただのバイク好きの青年っていう感じだったわ。


 ―――高校生?

 後で話して、ひとつ歳上だってわかったわ。


 ―――よく話したんだぁ。

 そうでもなかったわ。初めはあんまり会わなかった。でも、あたしは、彼を待っていた……。いつの間にか、仁田池へ行くことが日課になっていたわ。そこで白々しくトレーニングして、待ってたの彼を。


 ―――いわゆる、初恋、っていうやつですかぁ?

 そうね…。そうだったのね。


          * * *


「また会ったね」

ヘルメットを脱ぎながら、男は由起子に話し掛けてきた。由起子は息を整えながら、応えた。

「ここ、学校に近いから」

「学校で練習しないの?」

「学校の練習のないときは、自主トレしてるの」

「へぇ~。やっぱり、女の子は頑張んないと、ついていけないんだろうな」

由起子はおかしくなって笑った。いま、チームで由起子より上手い選手はいなかった。それを話してしまえばこの男はどんな顔をするだろうかと、想像するとおかしかった。

「どうしたの?」

「んん、別に?」

男は怪訝な顔をして由起子の様子を伺っている。

「ねえ」由起子は笑顔を浮かべて訊いた。「バイク、好きなの?」

「あぁ、これ?俺、これしか能がないから」

「暴走族…じゃないみたいね?」

「あんな連中と一緒にしないでよ。俺は、ただのライダー。あちこちと流してるだけさ」

「そうなの」

「ね、今度乗せてやろうか?」

「うん」

由起子は少し戸惑いながら頷いた。


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