第23話 紅月-23

 それで、帰ってきてから、もう一度甲子園目指そうと思ったんだけど、やっぱりダメなのよね。やる気が出てこない。なんか、もひとつ、ほわぁんとしてて。みんな頑張ってるのに、こんなじゃいけないななんて焦ったりなんかして。

 仕方ないから自主トレにしたの。あたしがぼうっとしてるとみんなに迷惑掛けるから、とりあえず自分のペースでやる気が出るまで一人でトレーニングすることにしたの。いまのイチロー君みたいに、あちこちランニングして、ダッシュして、インターバルやって、筋トレして。

 でも、そんなのも、ただ、ファントム・レディを維持しているだけじゃないかな、って思ったら虚しくなってきて…。

 そういう頃もあったの…。

 自分が、本当に、女なのかわからなくなっていたの…。

 いまはまだ、朝夢見ちゃんも未来ちゃんもそういう気にはならないでしょう。でも、きっといつかわかる。ファントム・レディの一番辛いことは、女でありながら女ではなくなってしまっている自分を自覚することなの……。


 ―――なんか、難しいな…。

 腕力も筋力も男以上なのよ。わかる?あたしの左手は、リンゴを握り潰すだけの握力があるって言えばどうする?


 ―――…プロレスラー並…。

 でしょ?


 ―――朝夢見や未来も?

 あたしほどじゃないだろうけど、少なくともあの二人とまともにケンカできるのは、たぶん、仙貴と直樹君ぐらいじゃないかしら。


 ―――げ!…ケンカしないでおこ……。

 あたしだって、もう一回鍛えなおせば、プロでも通用するかもよ。


 ―――プロレス?

 プロ野球!


 いまは女でもプロ野球選手になれるようになったからね。もう少し早ければ、ね。


 そんな頃に偶然ひとりの人に出会ったのよね。ここに来る途中に大きな池があるでしょ。知らない?仁田池っていうの。あそこの横の道がきれいに舗装されててね、直線で五十メートルくらいだったのかな、よくダッシュのトレーニングに使ったの。そこで出会ったの。


 ―――カレシ?

 ニヤニヤするんじゃないの。

 バイクに乗ってた彼が現れたの。あたしがダッシュしてるのをずっと見てたんだって。


 ―――ナンパじゃないの?

 そんな風には見えなかったわ。

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