第26話 紅月-26

 泉央一号線を失踪したバイクは、深山駅の近くで南に折れ、小さな喫茶店の前に止まった。由起子は不思議な気分でバイクを降りた。山内はヘルメットを脱いで、バイクのエンジンを止めた。

「ここ?」

由起子もヘルメットを取って訊くと、山内はにこりと微笑みながら答えた。

「うん、もうここまで帰ってきたし、ちょっとくらいいいだろ?」

「うん」

 慣れた様子で山内は店に入った。店内はこぎれいな雰囲気で、小さいながら安心できる造りだった。

「いいお店ね」

「うん。時々、ツーリングの途中に寄るんだ。今日はまだ帰るのももったいないし、由起子ちゃんに見せて上げようと思ったんだ」

由起子は少し顔を赤らめ、頷きながら店内を見回した。

 静かな音楽が流れている店内には、コーヒーの香りが漂っていて、冷えた由起子の体が温まるにつれてしみ込んでくるようだった。人の少ない店内は、こうして山内と二人でいても何も気恥ずかしくない。ふと、前を見ると山内がじっと由起子を見つめていた。その視線に気づいて戸惑ってしまった。

「ど、どうしたの?」

「んん。由起子ちゃんって、こうして見てるとスポーツギャルって感じじゃないなって思ったんだ。ほら、スポーツ選手って結構骨太だけど、由起子ちゃんってどことなく華奢だから」

「そ、そんなことないのよ。もう、脚なんか太くて、筋肉が浮いて見えてるから短いスカートなんかはけないの」

「へぇ~?そうなんだ。でも、見てみたいな、由起子ちゃんのミニスカート」

由起子は照れながらコーヒーを口にした。暖かな液体が喉を通って、体が熱くなるのを感じると、次第に眠くなってきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る