第19話 雄一(8) アプリの行方

 それから数日間、雄一は何もする気が起きなくて、家に引きこもった。大学の講義はサボり、バイト先には仮病を伝えた。キャンパスに姿を見せなくなったことを心配した友人がメッセージを送ってくれたが、適当な理由をでっち上げて心配ないと告げた。


 真紀の時は母親を支えなくてはならないと気を強く保っていられたが、作田は雄一が不用意に巻き込んでしまったのもあって、雄一自身も驚くほどに滅入ってしまった。第一志望の会社から内々定の通知が来ても、喜びの気持ちは沸いてこなかった。


 やがてこのままではいけないと思い立ち、雄一は作田の火事について警察に聞きに行った。高校時代の先輩後輩の間柄だったことや、まさにその時刻に作田と通話をしていたことがわかっていたため、警察も事件のことを詳しく教えてくれた。


 死因は一酸化炭素中毒。要するに煙による窒息だ。雄一の想像は当たっていた。作田は肺を起因として死んだ。死亡時刻は十二時前後。解剖でも分刻みで判明するわけはなく、日付をまたいだかどうかはわからなかった。


 火事の原因は不明。外から引火していることから放火ではないかと疑っているらしいが、犯人はいまだ捕まってはいない。愛美めぐみが作田を殺そうとしたのなら自然発火なのかもしれない、と雄一は思った。


 犠牲者は作田のみで、他の部屋の住人は留守だったか皆逃げたらしい。延焼はなく他の家屋に被害はなかった。火事の遠因が自分だと思っている雄一にとっては救いだが、写真に写った作田だけを狙い撃ちしていることに、愛美の執念を感じた。




 次にやったのは、アプリの出所を探ることだ。もう誰も犠牲にしないために。


 アプリを共有して他のメンバーにインストールさせたのは篤史だろうが、篤史はどこからアプリを手に入れたのだろうか。最初に使っていたらしいのはみつるだ。作田が真紀のスマホからアプリを取り出すことができたように、篤史も充のスマホからアプリを取り出したのかもしれない。


 では、その充の入手元はどこなのだろう。


 ブラウザや様々なSNSで「心霊カメラ」「心霊写真」を検索したが、アプリで撮った写真だとはっきりわかったのは、充の投稿だけだった。充のものだと判断できたのは、チャットアプリで共有されていたのと同じ写真だったからだ。怪しい写真は山ほどあったが、どれもあの特徴的な右下の日付の表記がなかった。


 雄一は行き詰まった。篤史や充のスマホを調査できれば判明するのかもしれないが、借りられるとは思えなかった。雄一だったら、警察ならともかく、友人の兄だと名乗るだけの人物に真紀のスマホを渡したりはしない。アプリが引き起こしている一連の事件について説明したところで、変な人物だと逆に警戒されることになるだろう。


 一般人の自分でどうしようもないのなら、警察に訴えるしかない。まともに取り合ってもらえるとは思えないが、言わないよりはましだろうと思った。どれかの事件の容疑者扱いされたとしても、雄一はどれ一つとして関わってはいないのだから、潔白は必ず証明される。


 雄一は作田の事件で連絡先を交換した刑事にダメ元で言いに行った。先日作田の事件について詳細を教えてくれた人物でもある。


「なるほど。そんなアプリがあるんですね。有力な情報をありがとうございました。こちらでも調べてみます」


 会議室でメモを取りながら真摯しんしに雄一の話を聞いてくれた刑事は、最後にそう言った。


 にこやかな態度で退室をうながされる。


「捜査に必要でしょうから、真紀のスマホを預けます」

「今は大丈夫です。必要になったら連絡ますから」


 信じていないのは丸わかりだった。どこから入手したのかもわからないアプリだ。真紀のスマホしか手がかりがない。大方、妹と後輩を相次いで亡くしたストレスによる妄想とでも思われたのだろう。


 仕方なく、雄一は自分のできる範囲のことをすることにした。確実にアプリが入っているスマホ――つまり篤史たちのスマホの追跡調査だ。他にもアプリを使っている人間はいるかもしれない。が、少なくとも篤史たちのスマホからアプリを消してしまえば、その被害だけは防ぐことができる。


 作田のスマホと解析に使っていたパソコンにもアプリが入っていただろうが、火事で焼けてしまい、復元はできなかったことを刑事に聞いてあった。


 真紀のスマホは手元にあるから、残りは篤史、優奈、充、純子のものだ。まずは連絡先を入手しなくてはならない。見舞いの時に篤史の母親と連絡先を交換しておくんだった、と後悔する。


 雄一はまず母親を頼った。母親のネットワークなら両親に連絡がつくかと思ったのだ。理由は、真紀が仲良くしていたらしい友達に線香を上げに行きたい、ということにした。


 篤史と充と優奈の親には連絡がついた。


 母親経由で弔問ちょうもんの約束もできた。


 篤史の母親は、見舞いの時に篤史を錯乱させてしまったことを理由に断ってくるかと懸念したが、雄一のせいとは思っていなかったようだ。本当は雄一が写真の事を言ったせいなのだが、それをわざわざ知らせることもない。



 

 最初に向かったのは、本命の篤史の家だ。平日なのにも関わらず、意外なことに両親そろって迎えられた。


「この度は、ご愁傷しゅうしょう様でした」

「わざわざ篤史のために来て下さってありがとうございます」

「本当にありがとうございます」


 玄関先で線香を渡して挨拶あいさつをして家に上がる。洋風の内装に合わせた洋風の仏壇ぶつだんがあった。


 線香を上げたあと、お茶を頂きながら話をした。


 母親は篤史について話を聞きたかったらしく、雄一は引きこもっていた真紀を学校に連れ出してくれたことや、篤史は真紀たちのグループのリーダーだったことを話した。もちろん愛美のことは伏せた。篤史は許されないことをしたが、息子を亡くした親に言うことではない。


「足を無くしたのに、それが原因で命まで落とすなんて……」


 話を聞くだけだった父親が、ふとうつむいてぼそりとつぶやいた。


「足を、無くされていたんですか?」


 雄一が見舞いに行った時は、骨折したらしい右足をっていた。あの後切断したのだろうか。


「あの事故で左足をね。右足は複雑骨折で済んだんだが、左足は再建できなくてね」


 ぞわっと背筋が凍る。画像で食われていたのは左足だった。やはり写真は正確に予告していたのだ。


「その手術の傷から病原菌が入ったらしい。ストレスからなのか食事もとらないで免疫力が下がっていたのもあって、抗生物質も効かなくてね」


 父親は涙をこらえるようにぐっと唇を噛み、それ以上は黙った。


 雄一は諦念のようなものを感じていた。効くわけがないのだ。愛美が殺すと予告したのだから。作田が部屋から逃げられなかったように、超常的な力が働いたのだろう。医者も頭を抱えたかもしれない。


 沈黙が下りたのを機に、雄一は本題に入った。

  

「篤史君のスマホはお持ちですか?」

「ありますが、壊れてしまっていて……」


 言いながら母親が立ち上がった。居間を出て行って、何かを手にして戻ってくる。


 テーブルの上に置かれたのはひしゃげたスマホと、外れてヒビだらけになったカバーだった。


「電源が入らないの」


 その言葉を聞いて、雄一は安堵あんどした。篤史のスマホからあのアプリが流出する心配はなくなった。まずは一つ目だ。




 充と優奈の家にも行き、二人のスマホはもう使われていないことが判明した。優奈は飛び降りたときに壊してしまったらしい。充のスマホは無事だったが、パスコードがわからずに開けず、親もロックをこじあける気はないとのことだった。


 残った純子の親は母親間のネットワークには所属しておらず、結局真紀の担任経由でなんとか連絡先を手に入れた。教師には個人情報だからと渋られたが、亡き真紀の代わりに線香を上げたいという理由はかなり効いた。他の三人の家にはすでに弔問に行ったというのも決め手となった。


 予定をすり合わせるのに苦労したが、なんとか訪問することができた。


 チャイムを鳴らして出てきた母親は、ずいぶん露出度の高い服装をしていた。目のやり場に困る。


「ダチのアニキがなんでわざわざ」


 そう言いながらも、家には入れてくれた。仏壇ぶつだんはなく、小さな台に写真と線香立てが置いてあった。座布団がなかったのでフローリングの上に直接正座して線香を上げた。


「用が済んだら帰ってくんない? アタシ今から仕事なんだよね」


 あっさりと追い出されそうになって、雄一は焦った。これまでの三軒はもてなしてくれたし、子どもの事を聞きたがったからだ。


「真紀から聞いた純子さんの話なら少しできますけど……」


 立ったままの母親を見上げて提案してみた。


「あの子のことなんてキョーミない。フラフラした挙げ句にホテルでヤられて死ぬとかバカな子。高校は卒業しろ、卒業するまでヤるなっつったのに」


 母親が吐き捨てるように言う。興味ないと言いつつ、その目はわずかにうるんでいて、娘の死を悲しんでいる様子だった。


 ホテルで死んだという噂は本当らしい。とすると、溺死できしというのも本当なのだろう。それが殺人なのか事故なのかまではこの言葉からはわからないが、肩に何かがあったことだけは雄一は知っている。


「ほ、ほら、早く帰ってよ」

「あ、えっと、あのっ」

「何、まだ何かあんの」


 まだスマホのことを聞き出せていない。


「純子さんのスマホはお持ちですか?」


 焦った雄一はそのままズバリ言ってしまった。動転して言葉が先についてくるような性格である自覚はなかったし、就職活動での面接で意地の悪い質問が来てもそんなことはなかったのだが、どうもこの件になると上手く立ち回れなかった。


「あの子のスマホがどうかしたの」

「えーっと、見せてもらえないかと思って……」


 母親の目がすっと細められた。


「てめぇもしかしてあいつらの共犯か? 証拠消そうとしてんじゃねぇだろうな」


 ドスのいた声だった。


「いえいえいえいえ。そんなことはないです。俺は正真正銘、純子さんの友達の兄です。事件とは関係ありません」


 両手を振って全力で否定する。冷や汗が出てきた。


「真紀の――妹のことが知りたくてっ。真紀は自殺したんです。遺書もなくて。純子さんが妹と仲が良かったなら、何か理由がわかるかなって」

「ふぅん」


 母親はしばらく雄一をにらんだあと、寄せていた顔を引いた。


「なら期待外れ。あの子のスマホはロックかかってて見れないから。ケーサツも調べたけど見れなかったってよ」

「そうですか……」


 表面上は落胆を見せながら、雄一はほっと胸をなで下ろした。


「もういいだろ」

「はい。ありがとうございました」


 正座のまま深々と頭を下げて、雄一は純子の家をおいとました。 


 スマホのロックは意外に強固で、メーカーでもこじ開けられないと聞いたことがある。真紀のスマホのパスコードを知っていた雄一はラッキーだったのだ。だが……それがなければ、作田を死なせてしまうこともなかっただろうが。


 これで、篤史の知る限りではあるが、あのアプリは二度と使われないことと、流失しないことが確定した。


 愛美が真紀たちを恨んだことによりアプリが生まれたのなら、なんらかの手段で充だけが手に入れたのかもしれない。これだけのことが起こせたのなら、愛美が充のスマホにアプリを勝手にインストールさせておくことも容易だろう。であれば、他の人物は誰も知らないことになり、これ以上は被害者は出ない。


 雄一は最後に、真紀のスマホを初期化した。全ては終わったのだ。




 三ヶ月後、雄一は大学の食堂にいた。一人で座っていても、もう作田が話しかけてくることはない。定期的に連絡を取るような間柄ではなく、飲みに行くのも食堂でたまたま会った時に約束することが多かったのだ、と改めて知る。


 あれから、雄一は時々ニュースをチェックしていた。もう起こらないだろうと思いつつ、不審な死がどこかの地域に集中していないか見張っていたのだ。大規模な火災が起こるとひやひやしたが、今の所、アプリが使われている様子はない。


 そろそろチェックするのをやめてもいいかもしれない、とも思う。だが、愛美を自殺に追いやってしまった真紀の身内として、そして真紀を自殺という形で死なせてしまった身として、追い続けるのは自分の義務のように感じた。


 アプリが真紀を殺そうとしていたのだとしても、雄一の振る舞い次第では防げたのではないかという気持ちがぬぐえない。ドアや窓を閉め切り、窓ガラスを割らせないほどの強制力があるにせよ、自殺という形をとらせないことはできたかもしれない。真紀の死の原因は判明したが、死の直前に真紀が何を思っていたのかは結局わかっていなかった。


 どうしようもなかったのだと自分に言い聞かせるが、無力感はぬぐえない。


 ふと、相席していた隣の男女六人のグループが夏休みに海に遊びに行く話をしているのが聞こえてきた。海難事故には気をつけろよ、とお節介なことを考える。どうやら宿泊で行くらしい。夜は肝試しをするのだそうだ。


 そろそろ午後の報告会ゼミの準備をしようとトレイを持って立ち上がる。


「そうそう、肝試しと言えばさ、面白いアプリ発見したんだよ」


 グループの一人がアプリという単語を、自然と耳が拾ってしまう。


「えー、なになに」

「心霊写真が撮れるアプリなんだけどさ」


 ざわっと鳥肌が立った。まさか。


「おい! それ見せろ!」


 雄一はスマホを周りに見せていた男子学生の肩をぐっとつかんだ。


「ちょ、何するんですか」


 突然の乱入者に学生が戸惑いを見せる。


「いいから見せろっ!」


 大声を上げたせいで、グループのメンバーだけでなく、周囲にいた学生の注目も集めてしまう。だが、雄一はそれどころではなかった。心臓の音があり得ない程に大きくなっている。


「ちょっ!」


 抗議の声を無視して、雄一はスマホを奪い取った。


 表示されていたのは青を背景にしたホーム画面。その一番下にあったのは――黒を背景に赤い血液が垂れているようなアイコンだった。その下には「心霊カメラ」と書いてある。


「何すんだ!」


 スマホが持つ主に奪い返される。手を伸ばした雄一の肩を他の学生がつかんで引き離そうとする。その手をかわしてさらに手を伸ばす。


「それ! そのアプリ! どこから手に入れたんだ!?」

「ちょ、芦名あしな何やってんだよ」


 たまたまそこにいた友人が腕をつかんで引っ張った。


「どこからだよ!」

「何なんだよ……」


 すさまじい勢いの雄一に、持ち主はスマホを握り締めてドン引きしていた。


「芦名っ! やめろって!」


 雄一は友人に後ろから羽交い締めにされていた。前にいるもう一人の友人が胸を押して雄一を押しとどめようとしている。それでも叫んだ。


「どこだっ!」

「どこって、SNSで回ってきて……」


 そんな馬鹿な。これまでその兆候は一切なかった。


「駄目だ! それは使っちゃいけないアプリなんだ! 人が死ぬっ! 使うなっ!」

「はぁ?」


 雄一を止めようとしている学生以外は、驚き半分、呆れ半分の顔をしていた。使うと人が死ぬと聞いて信じるはずがない。


「この人ヤバいよ。今のうちに行こう」


 グループのメンバーにうながされて、スマホの持ち主が食堂から出て行こうとした。


「待てっ! 俺の話を聞けっ! そのアプリは駄目だっ!」

「芦名っ、いい加減にしろっ!」

「っ!」


 前にいた友人にバシッとほほを殴られて、ようやく雄一は動きを止めた。力を抜いたことにより、羽交い締めから解放される。雄一はそのままガクッと膝をついた。


「SNS? SNSだって……? なんでなんでなんで……」

「おい、大丈夫か?」


 友人の言葉を無視し、床に座り込んだまま、ポケットからスマホを取り出してSNSアプリを開く。アプリを検索するまでもなかった。開いた途端にその投稿が目に入ってきたからだ。


『心霊写真撮れるアプリ見つけた。クオリティやばいwww』


 自撮りの写真とリンクが貼られていた。タップすると、ファイル共有サイトに飛んだ。心霊カメラのアイコンの横にshinreiCamera.apkと書いてある。ページの上部には「atsushi004の共有ファイル」と書いてあった。


 そんな馬鹿な。篤史のページには何も共有されていなかったはずだ。なのに、なぜここにアプリが登録されているのだ。


 ファイル名の下には、説明書きが書いてあった。


【作成者:あいぴょん☆

 Version : 2.0

 撮った写真にAIが幽霊を合成。

 心霊写真が簡単に作れるカメラアプリ。

 複数人の撮影に対応しました。】


 ガタガタと震えが襲ってきた。


「お前、顔真っ青だぞ。マジで大丈夫か?」


 友人の声はぼんやりとしていて、水の中にいるようだった。雄一が見ている前で、そのSNSの投稿はどんどん拡散されていった。自撮りや他の人を撮った写真が次々に投稿されていく。集合写真のようなものもあった。みな体のどこかしらに心霊現象が写っていた。


「もう終わりだ……」


 両手で顔を覆ってうなだれる。手からスマホがこぼれ落ちた。一体どれだけの人が犠牲になるのだろうか。


「真紀たちのスマホからは流失しないはずだったのに。誰が共有サイトに載せたんだ……」


 呟きつつも、それが愛美なのだということは雄一にもわかっていた。


 その時、カシャッとシャッター音がした。


 顔を上げると、野次馬のスマホのレンズが向けられていた。


「やめろっ! 撮るなっ!」


 アプリで撮られると死ぬ。


 カシャカシャッ


 立ち上がり、腕を振ってやめさせようとするたびにシャッター音が鳴った。


「やめろやめろやめろ! 俺を撮るなぁぁぁぁぁっ!」

「芦名っ!」


 再び羽交い締めにされた雄一の頭の中に、少女の声が聞こえてきた。


『写真撮られちゃったんだね』

『死んじゃえばいいんだよ』

『私が手伝ってあげる』


「やめろっ! やめてくれっ!」


 雄一が叫べば叫ぶほど、シャッター音は鳴り続けるのだった。





 ――(完)――

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心霊カメラ 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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