第18話 雄一(7) 作成者

「人間は撮るなって言っただろ! それをよりによってお前っ! 自分を撮るなんて……!」

『へへっ。そうなんですけど、人工知能も入ってないし、別に注意書きにあったような、処理に支障が出ることなんてないんですよ~。人工知能がないなら、写すのが人間だろうが物だろうが、ただの画像にしか認識できないんですから~。や~、PC繋いで解析しながら撮影すれば良かったですよね~。酔っててそこまで意識が向いてませんでした~』

「そうじゃない……! そうじゃないんだ!」


 目を片手で覆う。これで作田まで――。


 雄一は後悔していた。作田にもきちんと話しておけばよかった。撮影された人物が次々に死を迎えていることを。そしてくれぐれも気をつけろと警告をしていたら、こんなことにはならなかったもしれない。


 酔った勢いなのかもしれないが、雄一の約束を反故ほごにしただけの代償にしては、大きすぎる。


「他に……他に撮ったヤツはいるのか?」

『これ一枚だけですよ~。一応、先輩と約束しましたからね。もっとイイ写真が撮れると思ったんですけど、あんま怖くないヤツになっちゃいました。撮ってくれたヤツにも爆笑されました。ま~、手形の位置がちゃんと体の中央にきてくれたのはラッキーでしたけど』


 ケラケラと作田が笑う。


「そうだ! 右下。右下の日付はいつになってる!?」

『右下?』


 作田がその部分を拡大する。


『え~っと、十三日――今日ですね~。こんな日付入れる機能なんてついてたっけ~? 見逃したかな……』


 雄一は壁の時計を見た。十一時四十三分。あと十七分残っている。


「作田っ! 十二時まで大人しくしていろ。いいか、その場から動くな。刃物とか危ないものには触るなよ。酒ももう飲むな。ていうか金縛りにでも遭ったつもりでじっとしてろ」


 超常現象を防ぐために金縛りを持ち出すとは、我ながらどうかしていると思ったが、今はそれどころではない。


『オレ今から風呂なんですけど~』

「駄目だ! あと十七――もう十六か、あと十六分だけ待て! いいか、このまま電話も切るなよ!」

『はぁ、まあ、いいですけど』


 これだけ酔っている状態で風呂に入るなどとんでもない。死因が容易に想像できる。滑って頭を打ち付けるか、湯船で溺死できしだ。


 他にあり得る死因はなんだろうか。部屋の中で転んで頭を打つ可能性は、じっとして動かなければ防止できる。かなり酔っているとは言え、今は平気なわけだから、これ以上酒を飲まなければ急性アルコール中毒の線もないだろう。家にいるから交通事故は起こり得ないし、ここで作田が突然自殺することはない。それとも、心筋梗塞こうそくや脳卒中といった、防ぎようのない原因なのだろうか。


 家まで行って見張りたいくらいだったが、雄一の家からでは作田の家に着く前に日付が変わる。移動中に目を離すぐらいなら、このままスマホで見守る方がよかった。


 作田が電話口でどうでもいいことをペラペラしゃべっている間、雄一は、あと十五分、十四分、と時計の秒針が周回していくのを固唾かたずを飲んで見守っていた。


『あ~、そういえば、アプリの作者の名前がログに出てましたよ~。共有サイトのアカウントのアツシって名前じゃなかったです。女の子っぽい名前でした。男子高校生D K女の子のフリしてるのかと思ったけど、女の子になりすますのって大抵おっさんですよね~。きっとこれもその辺のえないおっさんが作ったんだろうな~』


 ぶつぶつと言いながら作田がパソコンを操作すると、雄一のスマホに映りっばなしのディスプレイの中で、ウィンドウが入れ替わった。


『これ、見えます~? 今PCに解析用のスマホ繋いでるんですけど、ログ出てんのわかりますかね』


 作田がカメラ画像を拡大する。プログラムらしきものが書かれているウィンドウの下方のエリアに、文字が出ていた。


【作成者:あいぴょん☆

 Version : 1.1】


 ひゅっと雄一の喉が鳴った。


 愛美めぐみか? 愛美なのか? アプリの制作者が? でも愛美は死んで……いや、その前に作ったアプリなのか? 偶然名前が同じだけ? それとも篤史が名前をかたったのか? しかし篤史がこんな殺人アプリを作る理由がない。


 六人グループの中で、愛美だけがアプリに撮影された証拠がない――。


 まさか、AIは人工知能のことではなくて、なのか? 愛美が心霊写真を作り出していた……?


 もし愛美がこの名前でアプリを作成したのだとしたら、皮肉が込められているのだろう。「あいぴょん☆」の名前で自分の痴態ちたいがインターネット上で公開されていることを知っていて、あえてそれを使っているのだから。


 ぐるぐると頭の中を思考が埋め尽くしていく一方で、確信もしていた。愛美は復讐ふくしゅうのためにこのアプリを作ったのだ。もしくは、だれかが作ったアプリに怨念おんねんがこもったか。


『……ぱい、せーんぱい! オレの話聞いてます~?』


 作田の声に、雄一ははっと我に返った。


 ぐびっと何かを飲み込む音がする。


「おいっ! もう酒は飲むなって言っただろ!」

『あ、すいません。なんか暑くて、つい』


 あと七分。


「動くなよ。もう絶対動くなよ。これはフリじゃないからな!」

『わかってますって~。何でなのか理解不明ですけど、先輩の言うと通りに――あれ、何だこの匂い。焦げ臭い。え、煙?』


 それまでののんびりとした話し方から一転、突然作田が真面目な声を出した。


 煙……?


 スマホから遠くのサイレンの音が聞こえてきた。


 雄一ははっと気がつく。


 作田の写真の胸についていた手形を思い出す。これまでの犠牲者はみな心霊部分が死に繋がっていた。肺だ。作田は肺を原因に死ぬ。


「作田! 火事だ! 今すぐそこを出ろ!」


 スマホを握りしめて画面に向かって叫ぶ。


『やべっ! やばいこれマジやばい』


 どたどたと作田が走る音が聞こえた。


 電話を繋いでいるだけの雄一には状況が把握ができない。スマホに映っているのはPCのディスプレイ画面のままで、音で様子を窺うしかなかった。


 さっきまでかなり酔っていた作田があれだけ慌てている。酔いなど一瞬で吹っ飛んでしまう程の状況なのだ。


 サムターンが回る音と、ドアを打ち付ける音がする。カチャカチャと何度も鍵を開閉している。


『開かない!? 何で!?』


 ドアが開かないとはどういう事だろうか。


 気圧の差か? 外の温度が上がって相対的に部屋の中が陰圧になっている? いや、普通のマンションの部屋がそんなに機密性が高いわけがない。


 言いようのない恐怖が背中をい登ってきた。普通のドアがただ開かないのだとしたら、まぎれもない超常現象だ。逃がす気はないのだという意思を感じる。


 いや、そんな訳がない。たかがスマホのアプリが人を殺すなんてあり得ない。


 さっきまでの自分の確信を全力で否定する。それは雄一のそうであって欲しいという願いだった。


 それに、たとえ愛美めぐみが真紀たちを恨んで死んでいったとしても、作田は何も関係がない。


 だが、いじめを見逃したのかもしれない数学教師はともかく、トラックの運転手も散歩をしていた女性は同じく関係がないはずだ。なのに死んでいる。これまでの経緯がその雄一の期待が裏切られることを示していた。


『開かない! 何でだよっ!』

「作田! 窓だ窓!」


 作田の部屋は五階だがベランダがある。外に出ていれば助かるかもしれないし、外からはしご車で助け出されるかもしれない。サイレンの音はもう近くまできていた。それよりもまず、マンションなのだから階下に下りるための避難はしごがあるはずだ。


 スタンドに置きっぱなしのスマホからの雄一の声は、作田には聞こえていないようだった。だが、作田は自分で気がついた。


『そうだ、窓っ!』


 今度は窓の鍵が回る音がする。作田が窓を開けようと力を入れてうなっているのも聞こえた。


『くっそ! こっちも開かない! もう割るしかっ』


 ディスプレイの前、スマホの横から何かを取るような気配がした。


 そして、壁に何かが衝突するような音。


『はぁ!?』

「壁じゃなくて窓だ窓! 窓に投げろ!」


 壁に投げつけてどうするんだ、と雄一はほぞをかむ。


『これならどうだっ!』


 今度は大きな物が壁にぶつかる音がした。


「違う! 窓だ!」

『ちょっ! 何で割れないんだよっ!』


 割れないのか。


 何度も大きな音がしたが、スマホ越しには壁にぶつかる音だとしか思えなかった。とてもガラス窓を割ろうとしている音とは思えない。作田が窓に向かって物を投げつけているとしたら、やはり超常的な力が働いている。逃がすつもりがないのだ。


『何でだよっ! 何で割れないんだっ! げほっげほっ』

 

 作田がき込み始めた。雄一からは何も見えないが、煙が充満して来ているのだろう。まだ炎が迫ってきている様子はない。だが、火事の死因は焼死より煙に巻かれて呼吸困難になる方が圧倒的に多いことは、雄一も知っていた。


「煙が入ってくる穴をふさげ! 濡れた布を詰めろ!」


 肺を死因とするならば、肺を守れば――煙さえ防げば作田は死なないということになる。予告の日は今日だから明日まで耐えきれば生き残れるのではないか。


 あと三分だ。あと三分耐えれば――。


 だが、雄一の声は作田には届かない。


『助けてくれ! 誰かっ! げほげほっ』


 作田がドアや窓を叩きながら叫んでいる。


 と、雄一が見ているスマホの画面に変化が起きた。


 映っているログの表示欄に文字が現れたのだ。


【写真撮られちゃったんだね】


 作田の名前を呼び続けていた雄一は息を飲んだ。


【つらいよね】

【悔しいよね】

【もう楽になろうよ】

【死ねば全部なくなるよ】

【私みたいに】


 これは愛美めぐみからのメッセージなのだと雄一は思った。愛美は性的な写真を撮られたことを苦に自殺した。それをアプリに撮られた人物にも当てはめようとしている。


【死んじゃえばいいんだよ】

【私が手伝ってあげる】


 作田がき込んでいるのが聞こえる。


「やめろ。やめろ。やめろやめろやめろ!」


 雄一は叫ぶが、スマホ越しでは何もできなかった。


【死ねばいいんだよ】

【死ねば楽になれるよ】

【死のう】

【死のう】

【死のう】


 一瞬、ログの出力が止まる。


 かと思うと、ものすごい速さで文字が出力されていった。


【死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね】


 ログ欄はあっという間に一つの単語で埋まった。


「作田は関係ないだろ! 何もやってない! 撮影されたことも何とも思ってない! やめろ!」


 無意味だとわかっていても、スマホ越しに叫ばずにはいられない。


 ディスプレイの文字がだんだん薄れていく。スマホのカメラ越しにもわかるほど煙が満ちてきていた。


 がたがたっと何かが倒れる音がした。


「作田っ! しっかりしろっ! 死ぬな! 作田っ! あと二分頑張れっ!」


 スマホに向かって叫び続けたが、やがて画面が赤く照らされるようになり、そしてブツリと電話は切れた。


 雄一はスマホを引っつかんで部屋を飛び出した。隣の部屋の住人がドアを薄く開けてこちらを見ていた。雄一が部屋で叫んでいたからだろう。そんなことに構っていられない。鍵を閉めることも忘れて雄一は廊下を駆け抜けた。


 エレベーターが来ない。舌打ちをして非常階段を段を飛ばしながら降りる。


 一縷いちるの望みをかけて作田の家に駆けつけると、マンションには消防車から放水されていて、火は鎮火しつつあった。都会の明かりに照らされてぼんやりと明るい夜空に煙りがもくもくと上がり、焦げ臭い匂いが辺りに充満していた。


 見上げた作田の部屋の火はすでに消し止められているようで、もう水は掛けられていなかった。


「知り合いが中にいるんです!」


 マンションを遠巻きにする野次馬をかき分けて消防士の所に行き、部屋番号を伝える。


 すると、消防士は真顔のままゆっくりと首を振った。


「残念ですが、その部屋にいた方は……」


 雄一の目の前が真っ暗になった。その場に膝から崩れ落ちる。放水で濡れたアスファルトはひんやりとしていたが、尻が濡れることなどどうでもよかった。


 作田が死んだ。アプリに――愛美に殺された。自分のせいで。自分がアプリの解析を依頼したから。自分が殺したも同然だと思った。


 座り込んだまま呆然としていると、パトカーで駆けつけた警察官に腕を引かれて立ち上がらされた。そして、話を聞くかもしれないからと連絡先を聞かれた。


 その後、どうやって家に帰ったのかは覚えていない。気づいたら家の居間に立っていた。見上げた天井には、まだヤモリ男がいる気がした。死んだ愛美が作った写真だ。ホンモノが写っていてもおかしくない。


 濡れたズボンを脱ぎ捨て、下着も替えた。服が煙の匂いを吸っていて、高校の宿泊行事でキャンプファイアをした時のことを思い出した。

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