第17話 雄一(6) 中身
作田に預けた真紀のスマホを翌日に返してもらってから、しばらく作田からの連絡はなかった。解析を
文系四年でほぼ単位を取り終え、今履修している講義はほぼ趣味みたいな雄一とは違って、理系は一週間講義がびっしり詰まっていると聞く。教職を取るとは言っていなかったが、それでも学部三年にもなれば実験も入ってくるだろうし、そのレポートの提出などがあればアプリの解析どころではないだろう。
作田からの連絡を待つ間、雄一はたまの講義や
その
だが、単なる一般人である雄一には容易なことではなかった。
撮影場所は割とすぐにわかった。チャットアプリに投稿されていた
真紀の高校の近くということは、つまり雄一の実家の近くでもある。家から駅までの道とは外れていたため雄一に見覚えはなかったが、高校から駅までの道を歩いてみると、わずかに映っていた看板から判明した。
しかしそれ以上はわからない。飼い主は腕に覆われていて姿がわからないし、犬も後ろ姿しか写っていないため犬種さえ不明なのだ。小型犬であることしかわからない。何回かその場所に足を運んでみたが、その犬に遭遇することはなかった。少しばかり聞き込みの真似事もしたものの、収穫を得る前に不審者扱いされて通報されそうになったため諦めた。
それに――もしあのアプリの呪いが本物だったのなら、雄一が探している人物はもうこの世にはいないことになる。いくらその場所で待っていても来るはずはない。逆に言えばその人物が見つかればアプリの関与を否定することができるのだが、見つけられない以上は悪魔の証明でしかなかった。
だが、そのジレンマはひょんなことで解消した。
犬種だけでもわかれば他の人物が散歩していても見つけられるかもしれないと思い、真紀のスマホから移した画像の犬の部分を拡大して実家で凝視していたところ、後ろからのぞき込んだ母親が、その犬の名前を口にしたのだ。
「母さん、この犬知ってるのか!?」
「ご近所さんだもの。ほら、そこの内科の向かいのお
灯台もと暗しだった。散歩コースが遠かっただけで、家はすぐ近くだったのだ。
「この写真だけでそこの犬だってわかるもん?」
「だってお尻の模様がそっくりだもの」
雄一にはどの辺が特徴的なのか不明だったが、母親は断言していた。母親には確信があるのだろう。昼間は外で仕事をしているはずなのに、ペットを把握するほどご近所付き合いもこなしているとは、母親とはすごいものだ、と感心する。
「そこの奥さんも亡くなったのよね……。最近そんなことばかりで……」
「マジ!?」
真紀を亡くした悲しみから立ち直り切れておらず、沈んだ声を出した母親に、雄一は気遣う余裕もなく詰め寄った。
「何で亡くなったんだ!? 事故? 病気?」
「えっと……他の奥さんから聞いた話だと、バイクで事故ったとかなんとか」
バイク――。
雄一ははっとしてスマホのブラウザで検索を始めた。記憶を頼りに以前見たニュース記事を探す。
予想が外れて欲しいと願う反面、不謹慎なことに、当たっていて欲しいという期待もしてしまう。
「あった」
見つけたのは、
「その人ってさ――」
記事に書いてあった女性の名前を告げると、母親は変な顔をした後、肯定する言葉を返してきた。
ぶるっと震えが襲う。
繋がった――繋がってしまった。
正確には、写真に写っていたのがその女性なのかはわかっていない。全身が腕に覆われていて姿形が全く見えないのだから。だが、母親の言葉を信じるのならば、状況からして同一人物である可能性が高かった。
雄一が知っている限りでは、アプリに撮られて生き残っている人物は、あとはもう
その日の夜、母親の作った夕食を食べてから雄一は自分の家に帰った。明日は朝から講義だった。
この土日も、結局父親とは顔を合わせなかった。ずっと仕事に行っているのだ。母親
息子に慰めの言葉すらかけないなんて薄情な男だとは思うが、それでも学費はその父親と母親の稼ぎから払ってもらっているのだから、雄一に文句は言えなかった。自分では一人暮らしをする分しか稼げていない。
風呂から上がって髪を拭きながら洗面所から出ると、母親からメッセージが来ていた。いま会ってきたばかりなのにと思いながらメッセージを見て、雄一は固まった。
『水野君が亡くなりました。前に話した真紀を学校に連れて行ってくれた男の子です』
篤史が死んだ。
慌てて真紀のスマホを見た。画面がつかない。電池がなくなっている。ケーブルを繋ぐ。まだ電源が入らない。
何度も電源ボタンを長押しして、ようやく起動したところでチャットアプリを開く。クラスのグループチャットには、思った通り担任からのメッセージが入っていた。
水野篤史君が亡くなりました、と書いてあった。死因は怪我の経過が良くなかったことによるものらしい。怪我とは足のことなのか。それとも頭を打ったりしていたのか。とにかく事故をきっかけに死んだのだ。あの写真から推測するに、恐らく足の怪我が原因なのだろう。
見舞った時の篤史のやつれた様子を思い出した。怪我の経過が良くなかった、という言葉に納得がいく。
これでアプリに写真を撮られた全員が死んだ。
はっとして壁にかかっているカレンダーで今日の日付を確認する。
六月十三日――篤史が予告した日付だった。
篤史はやはり知っていたのだ。自分が死ぬ日を。なぜわかったのだろう。写真の撮影日と死亡日に明確な規則性はない。トラックの運転手は即日だったし、逆に篤史はだいぶ間があった。ヒントがあるとすれば画像だ。何か日付を暗示するような物が映っているに違いない。
雄一は髪を乾かすのも忘れて篤史の写真を食い入るように見つめた。
真紀のスマホに全画面表示された画像。普通でないのは、篤史の足が何かに飲み込まれている所。とすれば、そこに何かがあるに違いない。雄一はその部分を観察した。
わかったのはそれだけだった。日付を表す数字のような物はどこにも明示されていない。
こうなったら、画像を隅から隅まで確認するしかない。
雄一は覚悟を決め、拡大した状態で左上から順番になめていった。
そして最後の最後、右下まできた所で、雄一は見つけた。
「えっ」
さっきまではなかった数字。昭和の時代のプリント写真みたいなオレンジ色のデジタル表記だ。通常なら撮影日を表すはずのその数字は、今年の六月十三日を示していた。
戻るボタンを押すと画像は元の大きさに戻った。全画面で表示されたその右下には日付が表示されていない。再度拡大してみてわかった。真紀のスマホでは画面の長さが足りず、全画面時に上下の部分が切り取られていたのだ。
雄一は急いで他の写真も確認した。
「これも、これも、これも……!」
全て右下に日付がついていて、それは被写体が死んだ日と一致していた。人が写っていない写真にも様々な日付がついている。それがランダムなのか何らかの意味が含まれているのかは不明だが、人間を写した場合はそれが死亡日になることがわかった。
衝撃を飲み込み切れずに、雄一は息を止めた。
もう反論のしようがない。偶然の一致では片付けられない。これは人を殺すアプリなのだ。呪われている。理屈ではなかった。
雄一は真紀のスマホの電源を切った。電源ケーブルも抜いた。もうアプリを使ってはいけない。絶対に。
そこで、はっと気がつく。
連絡帳を開き、作田に電話をかける。
呼び出し音が続く。作田はなかなか出ない。
まさか、ずっと連絡がなかったのは――。
嫌な考えが頭によぎったとき、プッと音がして、電話が繋がった。
「作田っ!」
『あ、先輩ですかぁ? ちょうど連絡しようと思ってたんですよ~』
作田の声は普段よりも若干高く、
「お前、酔って?」
『ま~、少し。今まで友達と宅飲みやってたんで~』
「そうか」
少しどころか、べろんべろんに思える。宅飲みだと帰路の心配がなく、最悪
「それで、あのアプリ――」
『そうそう、その話をしようと思ってたんですよ~』
ぎしっと椅子の音がした。
「作田、もうあのアプリは触るな」
『え、なんでですかぁ? もう大体解析しちゃいましたよ~』
「いいから。もう二度と起動するな」
『大丈夫ですよ~。ただのカメラアプリで、なんも危ないことはないですよ~』
「作田!」
『わかりましたっ。わかりましたって。も~触りませんっ!』
作田が降参をするように両手を挙げたところが目に見えるようだ。酔っ払いの約束ほど当てにならないものはないが、ひとまずは伝わったと信じるしかなかった。
『話、続けていいですか~?』
「あ、ああ、頼む」
『中身見ましたけど、個人情報を抜いたり、スマホを破壊するような機能はなかったです。ていうか、カメラの機能と、画像を合成する機能しかないですよ~。アプリの説明には
「いや、そんなわけ……」
雄一はチャットに投稿されていた数々の画像を思い浮かべた。どれも自然な出来
『確かですよ~。コード上にもしっかりランダム位置にするように書いてありましたし、動作確認でも同様でした。ま~、パソコン上のエミュレータでの動作検証の結果で、スマホ実機での確認はこれからですけど~』
「だからもう触るなって」
『それはも~わかりましたっ。なんで先輩がそんな言うのかわかんなんですけど、も~触りません』
「絶対だぞ。そのアプリも、解析に使ったデータも全部消してくれ」
『りょーかいですっ!』
今度は、眉のあたりに手をびしっとかざす様子が思い浮かぶ。
『あ、それでですね~。オレ、面白い写真撮ったんですよ~。消す前にこれだけ送っちゃいますね~。あ、先輩今スマホでオレと電話中か。えーと、じゃあ、カメラオンにしますね~』
耳からスマホを離してスピーカーモードにし、画面を見ていると、顔を真っ赤にしてだらしない顔をした作田が映った。ひらひらと両手を振っている。スマホはスタンドか何かに置いたようだ。
『えーと、これで背面カメラにしてっと』
ばっと画面が切り替わる。
「なっ!?」
『どうです~? 見えますか~?』
映ったのはパソコンのディスプレイ画面だった。色々なウィンドウか重なっていて、その最前面に表示されていたのものは――。
「おまっ! なんで!!」
青色のカーテンを背景に、赤いヘラヘラとした顔の作田が立っている。何度か行ったことのある作田の部屋だった。手にはピールの缶を持っていて、服装がさっきちらりと映ったのと同じだ。今日撮ったものなのだろう。
そして、作田の無地の白いTシャツの胸元には、べたべたと赤い赤ん坊のような小さな手形がたくさんついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます