第14話 雄一(3) いじめ

 みつるの葬儀の前に交わされた最新のメッセージから過去へと辿たどると、充と純子じゅんこが死んだと知った時の真紀まきたちの動揺が見てとれた。特に優奈ゆながひどく取り乱していて、一番衝撃を受けているようだった。とはいえ真紀だって、口数が少ないだけで同様にショックを受けていたに違いない。


 雄一はメッセージを読んでいった。これこそが、死ぬ直前の真紀の気持ちを知るための手がかりだと思ったからだ。


「うおっ」


 充が最後に送ってきた画像を見て、雄一は思わず声を上げた。「目隠し運転注意」というメッセージと共に貼り付けられていたそれは、チャット画面上では一見普通の写真に見えたが、タップして拡大してみるとそのメッセージの意味がよくわかった。


 大型のトラックの運転席を正面から撮ったもので、中年の運転手が座っている様子が写っている。リアウィンドウが見えるから、前を走っている車から撮影したのだろう。


 異常なのは、その両目が後ろから手で隠されていることだった。手の持ち主が運転手の斜め後ろにいたが、ひどく生気のない顔をしている。それどころか、白い手も含めて体が半透明になっていた。


 つまりは幽霊が写り込んだ心霊写真なのだ。


 この画像に対する反応が妙に明るくて、雄一は不思議に思った。


 雄一はホラー物はあまり得意ではない。少なくとも、自分から近づかない程には怖がりだ。その雄一からしたら、こんなはっきりと幽霊が写っている写真を見れば、「笑」と返しはしないと思った。多感な時期にありがちな強がりなのだろうか。


 その理由はチャットをさかのぼっていくと判明した。


 どうやら真紀たち五人は、最近、心霊写真が撮れるアプリにはまっていたらしい。どういう仕組みなのかはわからないが、カメラで撮影すると心霊写真を作り出してくれるアプリのようだ。最初に見たトラックドライバーの写真も、そのアプリを使ってみつるが撮ったものだった。


 びくびくしながら画像を確認していた雄一は、合成した作り物だと知って安堵あんどした。


 だが、見ていて気持ちのいいものではない。大量の腕が人間に群がっている写真や、洗面台にぎっしりと人間の顔が詰まっている画像など、集合体恐怖症トライポフォビアである雄一にとっては、全身の毛が逆立つ程気持ちが悪かった。


 写真は大量にあった。どれも日常の風景を切り取っているのに、禍々まがまがしい異形の物や幽霊が写り込んでいる。


 真紀が写っているものもあった。母親が撮影したのだろうか。自宅のソファに座り、手だけが白い黒い影に首を絞められている写真だった。縊死いしした真紀の姿を思い出して気分が悪くなる。縁起の悪い写真だ。


 他の四人の写真もあった。雄一は彼らの顔を知らないが、前後のメッセージから検討をつけた。


 篤史は半分以上がピンボケの肌色で覆われている。だが、片足をつま先からひざまで何かに食いつかれているのは見えた。飲み込んでいる主は釣り上げられた魚のような格好だが、首から肩までのラインが、ひどく首の太い人間であることを示していた。場所は屋上だろうか。


 優奈は緑の金網のフェンスの側に立っていた。片手はフェンスをつかんでいたが、もう片方の手は透けた人物に引かれている。遊ぼうと誘われているように見えた。


 純子はコンクリートの上に胡座あぐらをかき、瞑想めいそうする仏を真似ている。その肩に手首から先が乗ってるだけの写真で、五人の中では一番まともだった。


 充は白いワンピースの女にすがりつかれていた。半目になっている充の横で、その幽霊は目を見開き口を縦長に開けている。ムンクの叫びのようだった。充だけはもう一枚同様の写真があり、こちらの充はピースを決めて笑っていた。


 五人はどれだけ怖い写真が撮れるか勝負をしていたりもしていたが、ほとんど撮っていたのは充のようだ。マキは自分を写したものの他は、床を撮った画像しか送っていなかった。


 ホラー画像が始まるあたりまで確認したが、残念ながら真紀の死の前の心情を知る手がかりはなかった。四人と仲が良かったという事しかわからない。篤史や優奈とトラブっている様子もなかった。やはり充、純子、篤史と立て続けに事故が起こり、そこに優奈が追い打ちを掛けたのが原因の全てなのだろうか。


 そのチャットを閉じ、その後も一通り確認していった。大した収穫はない。愛美めぐみとの個人チャットもあった。愛美からの最後のメッセージは「ごめん」で、真紀からの返事はなかった。恐らくこのやり取りの後、愛美は自死したのだろう。


 そろそろやめよう、と思った時、五人ともう一人が入ったチャットを見つけた。その一人の名が、なんとメグミだった。


 元は六人グループだったのか――。


 ということは、五人中四人ではなく、六人中五人が死んだことになる。


 ぞっとした。


 五人グループだと知った時にも驚いたが、篤史、優奈、真紀の事件は関連していると言えるかもしれないが、充、純子、篤史の事件に関連はないから、偶然の一致だと思っていた。


 だが、その前の愛美までもが友達だったとしたらどうだろうか。もちろん愛美の自殺も関連はないはずなのだが、何かあったのではと思ってしまう。真紀が自分のせいだと思っている何か。例えば、何らかのたたりを受けるような何かが。


 そこまで考えて、雄一は笑いをこぼした。祟りなんてどうかしている。そんな物があるはずがない。得体の知れない物に恐怖は感じるが、実際にあるとは思っていない。雄一は科学の発達した現代日本に生きているのだ。


 会話をさかのぼっていく。


 先ほどの五人のグループのチャットでも思ったが、このグループのリーダーは篤史のようだった。充や純子に比べればずっと口数が少ないが、短い一言でみんなをコントロールしている。他のメンバーは篤史の言うことには素直に従っていた。


 そして、ある画像に行き当たる。


「っ!」


 雄一の息が止まった。


 高校生のグループチャットにはおよそ似つかわしくない画像だった。


 女の局部に男の局部が挿入されている部分をアップにした写真で、いわゆるハメ撮りというやつだ。スカートがめくり上がっていて、ピンク色の下着をずらした所に、ズボンをわずかに下げた男の肉棒が刺さっている。上半身の服もめくれていて、女のへそから下が見えていた。無修正であることから、正規に販売されている物ではない。


 まさか――。


 ざっと血のが引いた。


 中高生の制服であることが明らかなスカートとズボンは、ありふれたグレーのものだ。真紀の学校の制服も同じ色であることを雄一は知っている。


 その上には、ズームアウトした写真も投稿されていた。


 顔の写っていない女子生徒のブラウスは胸の上までめくり上がっていて、水色のブラジャーが見えていた。下着の上下の色がそろっていないことが、リアルで生々しい。乱れた服とは対照的に、首元できっちりと結ばれたリボン。学年ごとに変わるそれは、真紀の物に酷似していた。


 雄一は口元に手を当てた。


 女子生徒の紺のブレザーの両腕が、頭の方にいる誰かに押さえつけられていた。ったマニキュアをした長い爪の手が二本、爪が綺麗に整えられた手が二本。ごつごつとした男の手でないのは明白だった。


 組み伏せている男子生徒は女子生徒の太ももを両腕で抱えている。写真はその様子が斜め横から写したもので、その場に撮影者がもう一人いることを示していた。


 女子生徒が二人がかりで同性の女子生徒を押さえつけ、男子生徒が犯している所を誰かが撮影している――。これは、強姦レイプの現場を撮った写真だ。


 一瞬最悪の想像がよぎったが、雄一は、犯されている女子生徒は真紀ではない、と結論づけた。体つきが真紀のものではない。真紀の裸などもう十年以上も見ていないが、服の上から見た限りでは、真紀はもう少し肉付きがよかったように思う。


 チャットに画像を投稿したのは真紀だった。考えたくもないが、恐らく真紀が撮影したのだろう。なぜこんなことを……。


 送信された画像には誰も反応していない。普通、こんな写真が突然投稿されたら、なんらかのリアクションは見せるだろう。驚くなり、拒絶するなりの。それがないということは、メンバーはこの画像が送られて来ることを知っていた。きっと全員その場にいたのだ。


 純子じゅんこ優奈ゆな愛美めぐみの誰かが、みつる篤史あつしに犯されたと考えるのが自然だろう。


 恋人同士の優奈と篤史なのだろうか。であれば、優奈が押さえつけられているのがおかしい。そういうプレイなのだというのも考えにくい。


 純子か愛美のどちらかと充だというのが自然で、その後に起こったことを考えれば、女子生徒の方はたぶん愛美なのだ。写っていないリーダー格の篤史は、自分では手を下さずに指示を出しでもしていたのだろう。


 愛美はこれを苦に自殺した。それならば、真紀が悔いていたのも納得がいく。


 雄一は天井をあおいで目をつぶった。ふーっと深く息を吐く。


 予想以上にヘビーな物が出てきた。


 結託した友人たちに強姦レイプされ、その現場を撮影され、接合部の写った画像を全員に共有された。それも自分が入っているチャット内で。


 これはきつい。


 チャットを掘り返せば、似たような画像がたくさん出てきた。本番行為を撮影したものはあれだけだったが、下着や局部を露出した写真は他にもあった。愛美はいじめられていたのだ。自殺の理由はやはり育児放棄ネグレクトだけではなかった。


 そしてそれに真紀が加担していたことが衝撃だった。そんな子ではないと思っていた。思いたかった。だが、雄一の知っている優しくて可愛い真紀は、真紀を構成するごく一部でしかなかったのかもしれない。


 画像の合間には、予定のすり合わせや世間話といった普通のメッセージも挟まっていた。愛美は言葉が少ないものの、普通に会話している。


 自然に振る舞わざるを得なかったのだとしたら――。


 心が痛い。


 雄一はそれ以上見ていられなくなって、チャットアプリを閉じた。真紀の知られざる一面を見てしまった。


 だが、これだけでは充たちが死亡したことを悔いた理由に説明がつかない。愛美を死なせてしまったのはわかった。なぜそれが充たちの死に繋がるのか。最初の雄一の予想通り、ただ追い詰められてそう思ってしまっただけなのか。


 毒を食らわば皿まで。


 雄一は今度はSNSアプリを立ち上げた。アカウントには制限がついていて、投稿内容が特定の相手にしか公開されないようになっていた。投稿はわずかで、朝のあいさつ程度が大分前にあるだけだった。他人の投稿を見るのが大半だったのか、そもそも使っていなかったのだろう。


 フォローもフォロワーも数える程しかいなかった。純子や真紀と思われるアカウントもあった。どちらも同様に制限がかかっている。


 その中に、他とは異色のアカウントがあった。


 アカウント名は「あいぴょん☆」で、アイコンは服をめくってブラジャーを見せている写真だ。どうやら裏垢うらあか女子というやつのようで、投稿されているのもそれっぽい際どい写真ばかりだった。真紀が好んで見るようなアカウトとは思えない。プロフィールには現役JKとあった。


 フォローは少ないが、フォロワーは多い。可愛いアイコンもちらほらあったが、どうせ中身は男なのだろうと思った。画像の投稿に対して、気持ちの悪いコメントも残されている。


 プロフィール欄にあるURLをクリックするとブラウザが立ち上がり、アダルトサイトに飛んだ。真紀のスマホでアクセスしているのは、勝手に中身をのぞいているのとはまた違った罪悪感があったが、雄一はそのまま閲覧した。


 飛んだ先は「あいぴょん☆」のプロフィールページで、黒を背景にピンクの囲みや文字が躍っているデザインと、卑猥ひわいな動画の広告から、アダルトサイトであることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 SNSに投稿されている画像もあったが、それよりもずっと過激な画像もあった。男である雄一も全くそういう物を見ないとは言わないが、今は気分ではない。


 見るのをやめてSNSアプリに戻ろうとしたとき、ある画像に目がまった。


 本番行為の接合部の無修正画像。それは先ほど六人のチャットで見たのと同じ写真だった。


 慌ててチャットアプリを開き直して確認する。アダルトサイトに投稿された方は、学校の特定を恐れてか、トリミングをして制服の面積が少なくなっていたが、それ以外は寸分たがわない画像だった。


 これらは愛美めぐみのアカウントなのだ。アカウント名は愛美の「愛」から取ったのだろう。SNSの方を見れば、投稿は愛美の死を境にパタリと止まっていた。


 トリミングが逆ならばアダルトサイトから拾ってきた写真だと言えるのだが、サイトの画像の方が小さいのだから、チャットの方がオリジナルなのは明確だった。


 自分で投稿したのだろうか。


 愛美にそういう趣味があって、仲間たちに協力してもらってやっていたのならいい。いや、十八歳未満の高校生がやっていい事だとは倫理的には言えないが、自分の意思ならばまだいい。


 だが、これも五人の誰かが投稿していたのなら――。


 悪意に吐き気がしてきて、雄一はそれ以上スマホを見るのをやめた。

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