第8話 ジュンコ(2)-2 初体験

 ――は?


 突然の訃報ふほうに、ジュンコは固まった。


『ユナ:は?』

『ユナ:冗談』

『アツシ:冗談じゃない。今ニュースでもやってる』

『ユナ:は?』


 ミツルが死んだ? ニュースでやってる?


 ニュース。ニュースってどうやって見るんだっけ? テレビ……カラオケのモニターで見れるわけないし。


『マキ:もしかして、高速道路の事故?』

『アツシ:そう』


 は? 事故?


「ねぇ! うちニュース見たいんだけど! どうやったら見れる?」


 隣でリズムに合わせて体を揺らしている大学生の腕を叩いて聞く。


「ニュース!? なんで急に!」

「いいから! ニュース見るにはどうしたらいい!?」

「テレビ局のサイト見れるんじゃね!?」


 検索しようとして指が止まる。テレビ局って何があったっけ。テレビなど久しく見ていない。


「ほら!」


 大学生がスマホを見せてくれた。ドンピシャだ。ちょうど高速道路の事故のニュースをやっている。


 道路を上から撮った映像が流れていた。上空からヘリコプターから撮影しているのだろう。片道が通行止めになっていて、トラックとトラックの間に半分潰れた乗用車がある。他にも近くに止まっている車があった。パトカーや救急車の赤いランプが、先日の事故の記憶と重なる。


 テロップに「東名高速で玉突き事故 二人死亡」と書いてあった。


『ユナ:東名高速? ほんとにミツル?』

『アツシ:そう。おばさんから連絡きた』

『ユナ:マジ?』

『アツシ:明日は学校ないから月曜に担任から発表あると思う』

『アツシ:俺は明日通夜つやに行く』

『ユナ:わたしたちも行った方がいい?』

『アツシ:おばさんから連絡ないなら行かなくていい』


 ユナとアツシは淡々とメッセージを交わしている。マキもニュースを見ているようだ。


 ジュンコは周りがにぎやかなのもあって、にわかには信じられないでいた。


 ミツルが死んだ? マジで?


 さっきまで一緒にいたじゃん。全然元気で。


 全員で自分をかついでいるのではないかと思った。マキはともかく、アツシとユナはグルなのではないか。今にもミツルが「ドッキリでしたー!」とメッセージを送ってきそうだ。


 だが、アツシとユナはそれっきり黙り込み、待っても待っても嘘だったと種明かしがされる気配はない。たまらずジュンコは個室を出て静かな所を探し、ユナに電話をかけた。


「ミツルが死んだってどういうこと? マジ?」

『今わたしもアツシに電話したけど、ほんとなんだって』

「どういうこと? 死んだ?」

『だからそうなんだって。ミツルが死んだって。さっき。事故で』


 ユナの声は震えていて、演技だとは思えなかった。


 それでも、ジュンコには現実感がなかった。


 だが、きっと本当のことなのだ。月曜日に担任の口から聞かされて、初めて受け入れるのかもしれない。あの時みたいに。


 通話を切って、個室に戻る。


 周りはテンション高く騒いでいて、カラオケの音が大音量でガンガン鳴っているのに、水の中にいるように音が全てこもって聞こえた。手が冷たくなっている。太ももの上で握り合わせても、一向に温まらない。


「どうしたの、純子じゅんこちゃん! テンション低いね!」

「あー、うん、ちょっと……」


 笑顔を作ろうとして失敗する。


 とてもじゃないが、今ははしゃぐ気になれない。


「うち、やっぱ、帰るね」

「え!? 何!?」

「帰る!」

「え、待って待って! せっかく来たんだしさ! これだけでも飲んで行きなよ!」


 差し出されたのは、ジュンコの飲みかけのオレンジジュースだった。


「あ、うん……」


 ノンアルコールはフリードリンクだから飲んでも飲まなくても料金は変わらないのだが、おごってもらっている手前、取ってきた物を飲まないのも悪いと思って、ジュンコは一気飲みした。


 氷が少し解けていて、一〇〇パーセントをうたっているジュースは薄くなっていた。


「じゃあ、帰るから! ごめん!」

「えー! 純子帰っちゃうのー!? 何で!?」


 ジュンコがカバンを持って立ち上がると、


「気分が乗らなくて!」

「えー! じゃあまたね!」


 予定が合えばつるんで、合わなければ干渉しない。色々な事情を抱えている者の集まりだからこその、さっぱりとした関係だった。


「純子ちゃん、帰り道、気をつけてねー!」


 大学生たちにはもう少し引き留められるかとも思ったが、女子はまだ三人いるから、ジュンコがいなくても気にならないのだろう。あまり魅力がないと思われているようでしゃくだが、今はこの場から早く抜け出したかった。


 個室を出て、両側にずらりとガラス戸が並んでいる廊下をエレベーター目指して歩く。大きなカラオケ店だから、一本道ではない。


 曲がり角を曲がったとき、ジュンコの足がよろめいた。その場に尻餅をついてしまう。高いヒールには履き慣れているから滅多にやらないことだが、突然のことに動転していたのだろう。


 幸い捻挫ねんざにはなっていなかった。よいしょ、と立ち上がろうとする。


 あれ、立てない。


 足に力が入らない。床を押そうとする手の力も抜けてきた。


「あー、純子ちゃん、大丈夫?」


 後ろから大学生の声がした。腕を持って引き上げられる。だが、ジュンコの力の入らない体は、床から離れなかった。ひんやりとした床の冷たさだけが妙に強く感じる。


「あれ、酔っちゃった?」


 酔うわけがない。アルコールは飲んでいないのだから。最後に飲んだのも、ただのオレンジジュースだった。


 だが、「大丈夫」と言おうとした口は、上手く回らなかった。


「あー、これは駄目だね。俺、駅まで送ろうか。みんなには連絡しとくから」


 またも口が回らなくて、ジュンコは何も言えない。


 よいしょ、と大学生の肩に腕をかつがれる。


 腰を支えられ、なかば引きずられるようにしてエレベーターに乗せられた所で、ジュンコの記憶は途切れた。




「ん……」


 目を開けると、ひどくまぶしくて、ジュンコは腕で目を覆った。


「あ、起きた?」


 先ほどジュンコを担いだ大学生がのぞき込んできていた。どこかに寝かされているようだ。起き上がろうにも、まだ体に力が入らない。首を横に向けるのですら難しい。頭もぼうっとしていた。


 何かを言おうとして口を動かすが、声が出てこない。


「起きた?」


 別の大学生の顔が増えた。さらにもう一人。三人そろっているらしい。


 自分はカラオケ店にいて、コケた後に駅まで送ってもらって……送ってもらって……?


 送ってもらった記憶がなかった。


「じゃ、始めようか」


 突然、大学生が覆い被さってきた。


 何を、と思ったときには、ジュンコの口が塞がれていた。緩く開いたままの口に、ぬるっとしたものが入り込んでくる。


 舌だ、と認識した途端、ぞぞっと背筋に怖気おぞけが走った。初めてのキスを奪われた。


 嫌だと押しのけようとしても、腕が上がらない。


「無理無理、体動かないっしょ」


 口を離した大学生がニヤニヤと笑う。


「酒臭くもゲロ臭くもなくていいな」


 マズい。これマズいやつ。


 さっとジュンコが顔を青ざめさせる。ここから先の展開が容易に想像できた。


 その嫌な予想通り、馬乗りになった大学生がジュンコの胸を両手でわしづかみにする。


「純子ちゃん、おっぱい大きいねぇ」


 乱暴にみしだかれる。


 嫌だ。


 頭ではバタバタと暴れているつもりだったが、体は思うように動いてくれなかった。


 大学生の手がトップスのすそにかかり、服がまくり上げられた。水色の下着が露わになる。ぞわりと鳥肌が立ったのは、腹部が外気に触れたからなのか、気持ちが悪かったからか。


 背中に回った手にブラジャーのホックが外されて、ブラジャーがずらされた。ぷるん、と胸がこぼれ落ちた。


「なんだ、期待してんじゃん」


 違う。ただの生理現象だ。


 外気にさらされた胸は反応していたが、決して感じているわけでも期待しているわけでもない。


 直接手で揉まれ、められて、ジュンコの目に涙がまっていった。


 嫌だ。嫌だ。気持ち悪い。やめて。


 男の手が短いスカートの裾にかかった。


「やめて……」


 やっとかすれた声が出た。涙もこぼれ落ちる。


 だが、それで男が止まるなら、こんなことにはなっていない。


 大学生の無骨な手は太ももをで上がり、下着を引き下ろした。


 誰にも見せたことのない場所が暴かれる。


「大丈夫大丈夫。気持ちよくしてあげる。俺ら上手いからさ」


 俺ら――。


 その言葉に、嗚咽おえつが漏れた。ここに三人いる理由。そんなの決まっている。


「やめて、やめて……」


 ジュンコの中に何かが入ってくる。ぐにぐにと中をこすっていて気持ちが悪い。気持ちよくなんてなるわけがない。


「あれ? 純子ちゃん、もしかして処女?」

「マジ?」

「超ラッキーじゃん」

「お前代われよ」

「嫌だね。ジャンケンで勝ったのは俺だ」


 三人の声が遠くに聞こえる。


「濡れてないけど、処女ならもういっか」

「普通逆だろ」

「ひっでぇ」


 ゲラゲラという笑い声。


 指が引き抜かれた。


 カチャカチャとベルトを外す音が聞こえた。


 ぐっと入り口に何かが押しつけられる。


「嫌、やめて……やめて……」


 力をかき集めて必死に暴れたが、なんの抵抗にもならなかった。


 ずずっとソレが狭い壁をこじ開けていく。


 ぶちぶちと何かが引きちぎれていく音がした。体が引き裂かれるような痛みが襲う。


「いたっ、痛い……やめて、痛い……っ」


 大学生の侵入は止まらない。


「きっつ。マジで処女じゃん。遊んでるように見えるのに、俺のために初めてを取っておいてくれたなんて、嬉しいなぁ」

「純子ちゃん、かぁわいそぉ~」


 またゲラゲラと笑いが起きる。


 根元まで入ったあと、大学生は体を揺すり始めた。そのたびに、中が引きれて痛い。ぼろぼろと止めどなく涙がこぼれ落ちる。


 ジュンコは考えるのをやめた。


 その後、大学生たちは代わる代わるに二回ずつジュンコを犯した。口の中にも入れられた。心を折られたジュンコは、かみ切ってやろうという抵抗の気持ちさえ起きなかった。




 目が覚めると、まず知覚したのは体の中心の痛みだった。ずくずくと熱を持ったような鈍い痛みが波のように襲ってくる。


 目がれていて、まぶたが上がらない。


 のろのろと体を起こすと、足の付け根からどろりと何かが出てきた。


 それが何なのかを理解した途端、吐き気がこみ上げてきて、ジュンコはベッドの横、絨毯じゅたんの上に吐いた。


 反射で涙の出てきた目に入ってきたのは、サイドテーブルの上のピンク色の錠剤。添えられたメモには、アフターピルと走り書きがしてあった。男女別の保健の授業で聞いた。自分を守るための薬。


 ジュンコはまた吐いた。


 そのまましばらく泣いたあと、よろよろと布団からい出した。足を動かす度に強く痛む。中から液体が太ももに垂れてきて、また涙が出た。


 一刻も早くこの痕跡を消したい。


 ガラス張りの浴室に入り、コックをひねってシャワーのお湯を出す。


 中に指を入れると、さらにどろりと液体が出てきた。泣きながらそれをき出した。痛みなどどうでも良かった。気持ち悪い。気持ち悪い。


 何度もポンプを押し、大量のボディソープを出して、真っ赤にれ上がるまで全身をこすった。こすってもこすっても汚れが落ちない気がした。


 湯船にお湯をため、静かに体を横たえる。


 お湯に痛みが溶け出していくような心地がして、ようやく少し落ち着いた。


 ただのセックスだ。大したことはない。経験済みの友達だってたくさんいる。


 そう自分に言い聞かせる。


 それでも涙は静かに流れていく。


 アイツも、こんな気持ちだったのかな……。


 お湯に両手を浸し、それで顔を洗う。


 肩の上までしっかりと浸かると、縛らないままの金色の髪の先が湯の中に広がった。


 その時、ぐっと何かに右肩を押された。

 

 臀部でんぶがつるんと滑って、湯の中に頭頂が浸かる。


 ジュンコは驚いてバタバタと両手を動かした。


 浴槽よくそうへりをつかんで体を起こそうとしたが、上手くいかなかった。誰かに肩を強く押さえつけられている。


 それを引きがそうと無我夢中で手をやったが、肩には何もなかった。なのに、ぐぐっとさらに押される。


 ジュンコはパニックになり、ごぼごぼと空気を漏らした。


 苦しい。誰か助けて……!


 見開いた目の先、水面はすぐそこなのに、届かない。


 足はばしゃばしゃと水を跳ね上げているが、体を起こすことは叶わなかった。


 やがて、浴室の中の音は消えた。

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