第33話

「いぃっ!? あ~くそ痒いっ!! 痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い、痒っ痒っ痒っ。もう…嫌………はぁ~……キツい…」


ナミダとの勝負後、カードを触ると蕁麻疹が身体中に出るようになった。体が、これ以上にないほど拒絶している。もう……捨てるか? このカード………。


「そんな事したら、バンバに殺されるよなぁ。きっと………」



幸運なことに、カードに触ることなく一週間が過ぎた。

やっと……本当にやっと、平和な日常が戻ってきた?


上層階の狂人も僕に対して興味を失ったように感じる。もう……僕のことは空気のように扱ってほしい。


ーーーさらに何事もなく、二週間が過ぎた。その間、変わった事といえば、



「行ってきますっ! 今日もいっぱい稼ぐぜ」


「前田さん。お昼ご飯はいつもの場所に用意してますので、ちゃんと食べてくださいね。少しですけど、お金置いておきます」


「うん。分かったぁ~~~」


ソファーに寝転がり、ネムと鮎貝に片手を振った。最近、二人は町の食堂でアルバイトを始めた。生活費を稼ぐ為に。このタワーには、宝石類や多額の現金がそこらじゅうに点在している。………でも僕達は、決してそれらに手を出すことはなかった。弱者の血に染まったモノには触れたくなかった。


二人がバイト中、この世界にはテレビやゲームがない為、特にやることがない。菓子を食うか、寝るかしていた。平均十五時間は寝ていた。………まぁ……それなりにヒモ生活を満喫している。



いつものように昼寝をしようとしたら、赤い蝶が一匹部屋に入ってきた。その一匹だけでなく、先程から赤い蝶がそこら中を飛び回っている。しかも時間と共に数を増しているみたいだった。増えに増えた蝶が、壁や床、ソファー周り。リビング全体を赤く染めていく。



「なんだ……この蝶……」


一匹の蝶が、僕の周囲を飛び回る。重い体を起こし外に出るとヒラヒラと先程の蝶が、僕を誘導していた(たぶん)。それは、妖精が人間を惑わす時に使う幻術に似ている。


蝶を見失わないように必死に後を追った。僕の前を歩いていた旅人風の男の肩に乗った蝶。どこから湧いてきたのか。

その背中には、びっしりと赤い蝶が貼り付いていた。


自分の体を慌てて確認したが、一匹も貼り付いてなかった。


「おっ! 久しぶりだねぇ~。あんた、フロアマスターになったんだって? すごいねぇ。ちょっと前まで、町で一番冴えない男だったのに……。あんたの事を嫉妬して悪口言う奴もたまぁにいるけど、ほとんどの住人はあんたに感謝してるよ。私もその一人さ! ありがとう、マエダ」


「いやぁ~、感謝だなんて。ハハハハハハ」


久しぶりに知り合いのおばさんに会った。その後、延々と続く世間話。それよりも、おばさんの顔にへばりついた蝶が気になって気になって仕方なかった。



数時間後、タワーに戻るとあの蝶の群れは消えていた。


やっぱり、幻覚?


久しぶりに嫌な予感がした。放置して、埃まみれのカードの存在を久しぶりに思い出す。



自室のベッドに寝転がり、ネムに借りたモンスター図鑑を見ていると、花火が暴発するような音がした。慌てて窓を開け外を確認すると、西地区の辺りで真っ赤な炎が空まで焼きつくそうとしていた。ネムと鮎貝が働いている場所とは反対側だったので、その点は安心だったが、それでも僕の足は現地に向かっていた。



現場は、大混乱で全く近づけない。水龍に乗った隊員が、上空から必死に炎の延焼をくい止めている。その姿を遠くから確認出来た。


どうやら、原因不明の爆発により、死傷者が多数出たらしい。おばさん達が住んでいた場所は一番被害が大きく、助かった者は……いなかった………そうだ。


「くそ………なんで……」


頭に残るおばさんの豪快な笑い声。自然と涙が溢れていた。


割れた窓、壊れたドアの隙間から出てくる無数の赤い蝶が、天まで届くほど連なっている。その赤い空を見上げる一人の少女。白のワンピース姿で、なぜか裸足。


きっと、彼女は僕にしか見えていない。この蝶のようにーーー。


彼女は、群衆の中。僕だけを見つめ、小さな口を動かした。


『一緒に遊ぼ』

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