第32話

タワーに戻って、数秒後。仁王立ちの鮎貝に漏らすほど怒られた。


「何時間、買い出しに行ってるんですかっ! ちょっと二人ともこっちに来なさい」


鮎貝の迫力にビクビク震えながら、リビング前の廊下に二人で直立不動。

僕達の前で買い物袋を開けた鮎貝が、大きなタメ息をついた。


「ネムちゃん、何なの! この玩具は」


「だって……面白そうだったんだもん……お風呂でも遊べるし……」


「玩具は、ダメッ! いい? 分かったなら、返事しなさい」


「はぃ……。ごめんなさい……ママ」


「それと、この……えっ…何、これ? 前田さんっ! なんですか、このガラクタは!!」


袋から、石龍の牙を取り出し、僕の前に突き出した。


「いや、鮎貝……。あのさ、これ、ガラクタじゃないよ。すごい貴重な龍の牙なんだよ? 偶然、骨董屋さんで見つけてさ。カッコいいだろ? この形。特にここのカーブが好きなんだ」


必死にこの牙の素晴らしさを説明したが、鮎貝にはまるで伝わらなかった。死んだ魚の目をされた。


「はぁ………結局、食料はこれだけ。二人とも、無駄使いし過ぎです。反省しなさい」


「…あ………あのね、でもママが好きだから、美味しそうな焼き芋も買ってきたんだよ。パパと二人で大きいの選んだの」


袋の底から、まだ温かい焼き芋を取り出したネムが、それを鮎貝に手渡す。僕達と手に乗る芋を交互に見た鮎貝は、


「もぅ……早く手を洗ってきなさい。外、寒かったでしょ? 手を洗ったら、お茶にしましょうね」


「うんっ!! 良かったね、パパ。ママ、喜んでるよ」


「うん……許してくれて、」


「許してはいません」


「はぃ」


………………………。

…………………。

……………。


お茶をした後、自室に戻ると鍵を閉めた。出窓を開け、外から風で漂う微量の運を吸収する。


「っ!? げはっ!!!」


床に血を吐いた。口を左手で拭い、すぐに運の吸収を再開する。


しばらくして、やっと落ち着いた。


「はぁ……はぁ……」


最近、無理をし過ぎかな。


ネムと鮎貝。二人の笑い声が、廊下から聞こえた。壁の向こう側、やっと手に入れた幸せ。


まだ死ねない。


母さん。


兄さん。


もう少し、我が儘に生きてもいいだろ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る