第30話

町外れ。密林の中。有害廃棄物が何年も放置され、誰も近付かない危険なエリア。その中にある壊れた教会は、私とダーリンだけの秘密の場所だった。


「大丈夫か?」


「体が熱く……て…。すご…く……なんだか、イライラする」


私を苦しめる悪魔の呪い。優しいダーリンは、私の汗をタオルで拭ってくれた。


医者じゃなくても分かる。

この体調の変化は異常。こうして自分の右腕を噛んでいないと今にも発狂しそうだった。腕には、私の牙が深く突き刺さり、血が溢れている。


ダーリンは、厚いカーテンで教会の中が見えないようにしていた。



ズルズル……。


戻ってきた彼は、私が座る席まで縄で繋がれた子牛を引きずりながら連れてきた。


なんだろう、この気持ち。

私の前で悲し気に声を発するこの牛がとても……。


とっても………。


美味しそうでーーー。



「お腹すいただろ? 新鮮なうちに食べな」


もう何も考えられない。

周囲にヨダレを撒き散らしながら、なんの躊躇もなく、私はこの小さな頭に齧り付いた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


食事を終え、死んだように眠ったネム。その真っ赤に染まった口を丁寧にハンカチで拭いながら、僕はまた薬をもらいにある場所に行く。


特別な者にしか見えない場所。魔界との狭間。そこに古びたスナックがある。店内から、僕の姿を確認した数匹の妖精が飛び出してくる。


「久しぶり。元気そうだね」


ピューピューと可愛い鳴き声で甘えてくる妖精の頭を人差し指で撫でた。店の奥にいた店主が、こそこそと出てくる。猫耳がピクピク小刻みに揺れていた。


「また、薬をもらいたいんだ」


「ヒヒヒヒ。あんたは、太客だからな。いつでも大歓迎だよ。今回もマニア+でいいか?」


「いや、最近発作の頻度が高くなってきたから、もっと強い薬をくれ。ダブル+で」


僕の体を舐めるように見ている猫耳オヤジ。


「いつまでも薬に頼ってばかりじゃな~。あの娘だって、バカじゃない。気づいてるぜ? 自分の体の異常にな。それにあの子を庇い続けると、アンタ自身もそのうち破滅するぜぇ?」


「…………そのうち何とかする。だから、今は僕の言う通りにしてほしい。あなたには感謝してる。捕まるリスクもあるのに協力してもらってるし………。迷惑かけてごめんなさい」


「ーーー優しすぎだよ、あんた」


薬が入った小さな袋を持って、店を出た。夜空を睨むと雲が避け、真っ赤な月が見えた。


「大丈夫だよ、ネム。君は、僕が守るから」


悪い予感を振り払いながら、ネムが待つ教会まで走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る