第28話

逃げ回るバムバムを見て、ナミダが怒りを露にした。


「真面目にやれっ!! 前田。逃げてばかりの糞試合なんか、興味ねぇんだよ!」


ナミダが左手を前に出し、僕の体から運を奪おうとする。まぁ、すでに限界ギリギリ。奪われるほどの運など残っていないが。


体内に透明の手を突っ込まれ、内臓をくすぐられているような感覚。これが、運を奪われるってことか……。突然、その手が慌てて逃げていく。


「……おまえ……ソレは、なんだ…………?」


「いや、ただの運のカスだけど」


コイツは、何をそんなに焦ってるんだ? あまりの運量の少なさにひいてるのか?


すぐにハルミが、ナミダに注意をする。


「勝負が決まるまで、相手プレイヤーへの直接攻撃は禁止です。次に行った場合、強制失格とします」


ナミダは、頭に血管を浮かび上がらせ、ハルミの胸を鷲掴みにした。


「雇われの分際で俺に指図か? ふざけるなよ。そのタンク、捻り潰すぞ。貴様」


ハルミは、顔色一つ変えず、正面から男の顔を見据えた。


「やめろっ!!」


ナミダの手を掴み、ハルミの胸からその手を無理矢理はがす。


「それ以上やるなら、僕はこの勝負を捨てる。まぁ、捕まって殺されるだろうけど……。お前が一番嫌な結果だよな? 獲物に目の前で逃げられるのは」


「……っ…………ほんと、ムカつく野郎だぜ。勝負再開だ!! お前は、すぐに殺してやる」


唾を吐き、やっと怒りが収まったナミダは、元の場所に戻っていく。


「大丈夫?」


ハルミの額に光る小さな汗の玉。


「前田様も早く勝負にお戻りください。失格にしますよ?」


逃げるように駆け足で定位置に。

バムバムは、ヨダレを周囲に撒き散らしながら、奇声を発していた。


「……………コイツを夜道で見たら、失神するレベルだな」


突然、辺りが夜のように暗くなる。空を覆い隠した無数の怪鳥。地上には、同じく無数の殺人蟻。そいつらが、一斉にバムバムを襲ってきた。足が速いバムバムも地上と空からの同時攻撃に成す術なく、呆気なく捕まってしまった。


ナミダは、つまらなさそうに欠伸をした。


「ーーーー決着だ。お前の敗因は、パペットマスターの力量を見誤ったこと。コイツが作り出せるのは、人間だけじゃない。巨大な龍から小さな蟻まで自由自在だ。そんな図鑑にも載っていない化け物で勝てるわけねぇだろうが!! おいっ、審判の女。勝負はついた。コイツの首をはねて、俺の前に持ってこい。あの女どもは、俺の玩具にする。糞奴隷ども、女を連れてこい!」


容赦なく、今も体を食い荒らされているバムバム。モザイクレベルの映像。


「ナミダ様。勝負は、まだついていません。定位置にお戻りください」


「はぁ? 何を言ってんだ、お前は。目玉、腐ってんのか。あの化け物は死んだ。誰が見ても俺の勝ちだろうがっ!!」


「………バムバムが何で蟲使いって呼ばれてるか知ってるか? 確かにコイツは逃げることしか出来ない最弱モンスターだよ。あのパペットマスターとの実力は、天と地の差がある。でもな、コイツは自分の子孫を残すことだけは、全モンスターの中でもかなり優秀なんだ。勝負は、まだ終わっていない。ってか、これからだ」


「死に損ないの戯言。おいっ!! 奴隷ども。コイツを黙らせろ。はやくっ……なにして…る……?」


やっと違和感に気づいたのだろう。ナミダの奴隷達は、一人もその場を動こうとしない。


正確には、『動けない』。僕の命令なしでは。


「お前が、バカで本当に助かったよ。バムバムの生態を少しでも知ってたら、僕の負けだった。今から、面白いモノをお前に見せてやる」


パペットマスターは、ゆっくりと僕の前に来た。そして、額を地面に擦り合わせるほど深く、低くーーー。



土下座をした。

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