第20話

深夜。自室を静かに抜け出した。

青白い月明かりだけを頼りに広い廊下を進む。


誰もいない四階に上がった。その入口には、巨大なクマのヌイグルミがあり、侵入者を通せんぼしていた。


「マジか…………。あいつ……本当にヌイグルミを配置してる」


まだ見ぬ100階の王、ユラの姿を想像しながら、そのヌイグルミを押し潰しながら、室内に入った。しばらく歩き、目的の場所へ。以前、ネムや鮎貝を助ける為、この場所を走り抜けた。その時、公園ほどの広さがある中庭を発見していた。二重扉を開け、躊躇わず外に出る。


夜風が、気持ち良い………。


夏は、ここでバーベキュー出来るな。

肉をリスのように頬張るネムの姿が浮かび、思わず頬が緩んだ。


庭の中央で、両手を前に突き出す。その両手から、全身の運を吐き出す。モコモコした青い綿菓子は、すぐに人間の形になり、それは『もう一人の僕』になった。


「……はぁ……はぁ……ぁ…………久しぶり…………兄さん……」


『ずっと見てたけど、相変わらず面倒なことに首を突っ込んでるよな。お前』


「もっと……運が…必要なんだ……………」


立つことが出来ず、膝から崩れ落ちた。


『どうして?』


「このタワーの……狂った奴らから……ネムや鮎貝っ……ぁ……はぁ………守る……」


『どうして?』


「…苦しむ…姿………もう……見たく…な…いから…」


『あんな女の為に、お前がこんなリスクを犯す必要ない。捨てろ。忘れろ。もっと賢く生きろよ』


「………彼女達……は……僕の…すべてだから……ゴブッッ!! グッ!」


黒い血を吐いた。止まらない脂汗。時間がない。


『俺達の母親もお前を助ける為に死んだよな。そして今度は、お前があの女達を助ける為に死のうとしてる。ほんと………バカばっかりだよ』


体をくの字に曲げ、苦痛で喘ぐ僕の眼前まで来た兄さんは、泣き笑いのような顔で。


『バカでもいいからさ、お前は生きろ。俺達の分まで』


兄さんは、青い竜になった。どこまでもどこまでも高く昇り、終いには逃げる月までも青く染めた。


しばらく世界を蹂躙し、腹一杯運を喰った兄さんが、僕の中に戻ってきた。



「ありがとう……兄さん」



自分の体なのに自分じゃないみたい。

こんなに純粋で濃い運を体に宿したのは、産まれて初めてだった。

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