第12話

ネムと鮎貝を無事に逃がした僕は、後始末をする為にまだ部屋の中に残っていた。



「おいっ! お前、こんなことしてただで済むと思ってんのか。糞がッ!!」


手術台の上でわめき散らす男。そのデカイ体には、僕がさっき拷問部屋で見つけた拘束具を巻き付けてある。コイツには、指一本の自由さえ勿体ない。


「……どうして、二人を連れて行ったんですか? このタワーに入居したての新人イジメですか?」


「どうでもいいだろうがッ! そんなこと。 早くこれを解きやがれ!!」


僕は、倉庫で見つけた小瓶から、可愛いプチ妖精を取り出し、手の平に乗せた。


「最初は、アナタが僕を苦しめる為に二人を誘拐したと思ってた………。でも……違う。2階からこの下、11階の人間よりアナタの運が少なく『色も薄い』から。そんなアナタが12階のフロアマスターになれるわけがない。本物の主人は今どこにいるんですか?」


「はぁ? 意味分からねぇ。俺が、ここの王だ。適当なこと言ってんじゃねぇ!!」


厚いカーテンを開け、窓を全開にした。

涼しい夜風が鼻をくすぐる。

手の平の妖精は、ピィィィィィィーーっと小さく鳴いていた。


とても悲しく。それでいて、怒りに満ちた口笛。


「アナタは今まで、解剖する為にこの妖精ちゃん達を痛めつけ、何十匹も殺しましたよね。今から彼らが、アナタに復讐します」


「…………貧乏人のお前は、必ず俺の力で潰す。すべて奪う。さっきのあの女達もな! お前の目の前で死ぬまで犯して、バラバラに解体してやるよ。ヒヒヒヒ」


「それは、無理だと思います。あなたは、もうすぐ死ぬから」


窓から、妖精達が雪崩のように入ってきた。赤い眼をした悪魔。

仲間を呼び続ける妖精の子供。ちなみにこの子は、親をコイツに殺されている。



「早く答えた方が、お前の身の為だ。今なら運だけ奪って、楽に殺してやる。誰に命令された? お前の主人はどこにいる?」


「……………確か、前のヘビ女は40分だったな。過去最高が35分……。で、お前は25分。喜べ。大幅な記録更新だ」


「は? 何を言って」


いきなり、小太りのこの男は白目になり、意味不明なことを呟き始めた。


「ここに来るまでのタイムだよ。お前は、試されたんだ。あの御方に。このタワーにふさわしいかどうか………。合格だよ。あぁ………ユラ様が、あんなに喜んでいらっしゃる……。これで、正式に俺がここの王になれるのか……。あ?……あの………ユラ様?……話が違いますよ。俺は、アナタの忠実な下僕。命令通りに動いたのに」


男の口から吐き出された青い運が、『人間の形』となり僕の前に現れた。


「お前が、ここの本当のマスター?」


『ううん、違うよ。この階に初めからマスターなんて存在しない。僕の奴隷が配置されているだけ。ほとんどの階が、そんな感じだよ。正式に認められた実力者は、キミを含めて13人だけだしね』


「そうか……。お前みたいな糞野郎が、あと12人もいるんだな。早く、本体を現せ。思い切り、殴ってやる」


『僕は病弱だから、自分ではここに降りては来られないんだ。……ごめんね。僕に会いたいなら、ここまで上がってくればいいよ』


「…………そこは、何階だ?」


『100階。見晴らし最高だよ~。美味しいお菓子をいっぱい用意して待ってるから、早く来てね。あっ! そろそろ、この男の運も終わりみたい。やっぱり、この程度。何の価値もないな』


人間の形だったその輪郭が、ぐにゃぐにゃと歪み、崩れだした。


『僕の名は、ユラ。キミのペットを虐めてごめんね。後で、彼女達が喜びそうな物を送るよ。ちなみに12階までは、キミの支配区域だから自由に使って大丈夫だからね』


「コイツ含め、お前の奴隷達は全員撤収か?」


『撤収と言うより、廃棄かな。ゴミはいらない。こんな奴より、ヌイグルミの方がよっぽど良い働きするよ。可愛いしね。じゃあ、また。バイバイ……………前田 正義くん』


運が霧散し、それと同時に男も意識を取り戻した。身の危険を感じたのだろう。男は、さっきまでの態度が嘘のように、へりくだり、僕に命乞いをした。


「たっ、たっ、た、助けて。頼む。俺が悪かった。悪ふざけが過ぎた。もう解剖はしないよ、二度としない。だから、な? 助けてくれ。い、あっ、欲しければ金もやる。いくら、欲しい? 一億でも二億でも好きな額を言ってくれ」


手術台を妖精が取り囲み、それぞれの牙が不気味に歪む。


オペ室を仕切るシートを静かにめくり、


「今まで殺してきた者達の苦痛や怒りを感じながら、じわじわ死ね」


男の顔に群がる妖精。

グチュグチュ、グチュグチュ。

最悪の解剖ショーが始まった。


……………………………。

…………………。

…………。


この階を足早に出る。少し走ると、見知った顔が二つあった。


「どうしたの? また戻ってきて」


「一緒に……帰りたいです」


「血生臭いぞ!! 早く帰って、一緒にお風呂入って、キレイキレイしよう!」


「う…ん…。だな。汗かいたし。………一緒?」


謎の男、ユラ……。100階に君臨する王。今の僕に出来るのは、これ以上、最悪なことが起こらないことを祈るだけ。




でも、たぶん……。


起こるんだろうな………。


はぁ~~~~~~…………きっついな。

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