第9話

普通の平和な日常が戻り、やっと悪夢でうなされなくなった頃、僕のボロ家を訪ねてきた人間がいた。短パン姿のモデル体型の女性だった。黒龍を模した仮面を被っており、素顔は分からない。腰に短銃を発見し、緊張が走った。


「突然、お邪魔してすみません。私、ハルミと申します。タワーの警備責任者を任されています。………現在、前田様が一階のフロアマスターとなっています。ご存知ですよね? それなのに、どうしてまだこんなごみ溜にいるんですか? 早くタワーにお戻り下さい」


「どこで何しようと僕の勝手だろ。アナタに指図される覚えはないし。そもそもフロアマスター? そんなワケ分からないものになった覚えもないし。勝手に決めないでくれよ」


「……………私の説明不足でした。大変申し訳ありません。そもそもあのタワーはですね、フロアごとに基本的に選ばれた者が一人で支配しています。一人一人、彼らがタワーを支える大きな柱なのです。ワンフロアでも不在になりますと、タワー全体の力のバランスが崩れてしまいます。……ですから、前田様。お戻り下さい。お願いします!」


この女性は、先ほどから何かにひどく怯えている。小刻みに震えていた。僕が拒否する度に、彼女の『運』がその体から蛇口全開の水道のように漏れだしていた。


つまり、それは彼女が着実に死に近づいているということで。僕を連れて戻らないと、彼女は間違いなく誰かに処刑されることを示唆していた。


「分かったよ………」


しぶしぶ了解した僕は、あのタワーに戻る条件をいくつか彼女に提示した。町の人をこれ以上虐げないこと。それと、僕と一緒にネムと鮎貝を僕の世話役として連れていくこと。この二つは、絶対に譲らなかった。


次の日。朝早く。

約束の時間、30分前。


僕は、タワー入口で手を擦り合わせながら二人を待っていた。簡単な話だけして、最終的な判断は二人に任せた。

危険なこのタワーに好き好んで住む人間はいない。あの悪夢のゲーム。殺戮の噂は、町中に広まっていた。


今もタワー内部は、死の香りで満ちている。強制なんか出来るわけない。……………でも本音を言うと、一緒についてきて欲しかった。僕自身、本当は恐くて恐くて仕方なかったから。


ザッ……。

ザッ………。


小さな足音と可愛い欠伸。思わず、頰が緩んだ。


「ふぁ~~…………眠いぃ。なんで、こんな時間を指定するんだよぉ」


「おはようございます。前田さん」


涙が出るほど嬉しかった。実際、少し泣いていた。


「あり…が…とう…………。ほんと、ごめんな。巻き込んで」


「前に言ったろ? ダーリンと一緒なら地獄も天国に変わるって。だから、そんな情けない顔するなよ。フロアマスターさん」


「私達は、大丈夫ですから。前田さんのやりたいように盛大に暴れ狂ってください!」


「…えっ………いや、暴れないよ? なんか、勘違いしてない?」


三人仲良く、横一列でタワー内部に入った。相変わらず、目が眩むような白さと異常なほどの清潔さ。


ここが、新しい我が家。これからどうなるんだろう。


「ねぇ、ねぇ。ダーリン。このベッド広いから三人で寝れるね! ひゃっほーーー!!」


「男の子と一緒に寝るのは、ちょっと……(チラチラ)」



この二人の笑顔だけは死んでも守ろうと、前任者、あの女性が亡くなった部屋で静かに誓った。

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