第7話 悪名高い魔術師とその仲間たち


「ロドリック様、ロドリック様っ。失礼します!」

「なんだ、騒々しい」

 執事が転がり込むように入室してきて、この屋敷の主人であるチェスター男爵ロドリック・シドモンは不機嫌を露わにした。

 最近赤竜の近くを怪しげな者がうろついているという報告を受けているせいもあって、普段の何倍も苛ついている。赤竜の討伐に関する依頼クエストはギルドから全て回収したはずだというのに、噂を聞きつけた冒険者でもやって来たのだろう。実に目障りだった。

 赤竜は確かに脅威だが、自分の住まう地域とは離れており、自身が被害を受けたことは特にない。だからこそ思いついた作戦は、順調に甘い汁を吸わせてくれていた。

 それもこれも赤竜のおかげだ。偽の赤竜討伐隊を組むだけで、国からその支援金が出る。それを全て横取りできることの、なんたる幸福か。

 ゆえに、赤竜には生き続けてもらわなければならない。

 この作戦は長く続ければ続けるほどボロが出ることはわかっていたので、今のうちに取れるものは取っておきたかったのに、今回、予定より早くこの作戦に暗雲が立ちこめ始めた。

 それがここ最近の不審人物騒動である。万が一にも討伐されないよう、見張りとして村人を送っていたが、その村人たちから今回の報告が上がったのだ。

 そして、そんな村人を見張るよう命じた自分の部下には、殺せと命じていた。

「例の不審人物は始末できたのか」

「そ、それが……」

「なに、まだできておらんのか!? それ以外の報告は聞きたくないと言っただろう!」

「も、申し訳ありません! ですがっ……」

「言い訳など無用! 赤竜にはもう少し夢を見させてもらう予定なんだ。中央がばたついている今こそ好き勝手にできるチャンスなんだぞ! そんなときに邪魔されるわけには――」

「わけには、なんだって?」

 執事の声とは似ても似つかない若い男の声に、ロドリックはぎょっとした。執事が血相を変えて制止しているが、ぞろぞろと部屋に入ってきた男たちは、もはや誰も執事の声など耳に入っていないのだろう。

 その手には見張り用として渡していた剣や斧が握られていて、ロドリックの顔からさあっと血の気が引いていく。

「お、おまえら、わしが誰だかわかっておるのか!? こんな無礼、許さんぞ! おい! 兵士たち! こやつらを捕らえよ!」

 しかし期待した私兵は一人も駆けつけない。困惑と嫌な予感で鼓動が速くなる。

 中心にいた無精髭を生やした若い男が、ニタァと歯を見せた。

「あんたの兵士は今頃悪名高い魔術師の子守歌で眠ってるよ。ここには誰も来ない」

「なんだと?」

「赤竜ももういない。つまり、あんたの悪巧みは終わったってことだ」

「な、なに!? 赤竜が!?」

 執事に目を配る。顔面蒼白の老執事は、こくこくと何度も頷いてきた。

「馬鹿な! 名目とは言え、中央から派遣された騎士でも失敗した相手だぞ! それを……っ」

「あー、それなんだけどさ。皇都にさる高貴な知り合いがいる奴曰く、男爵、あんた赤竜のレベルを過少申告しただろ? そのせいで死んだ騎士たちがいる。そいつはその復讐をしたいってよ」

「復讐……? ははっ、何を言って……。そ、そんなことより、赤竜が討伐されたのは実にめでたい! みんなでそれを祝いにやって来たのか? ははっ、そうかそうか。褒美がほしいなら――」

「今さら惚けんのはナシだぜ、男爵。こっちはあんたが国の支援金を横領してた証拠も持ってんだからな。ほらよ」

 広げて見せられたのは、確かに自室の抽出ひきだしに大切に保管していた帳簿だった。

「な……!? 馬鹿なっ……なんでそれを……いったい誰が……!?」

「悪名高い魔術師と、その仲間たちさ」

 やっちまえ! という誰かの合図を皮切りに、一斉に村人たちに囲われ捕らえられる。

 何が起こっているのか、ロドリックには全くわからなかった。赤竜が討伐されたことも、自身の悪巧みを暴く者がいたことも。

 これは村人の仕業ではない。彼らはこの作戦を始めてから誰一人疑うことはなかった。今さら疑う余地もなかった。

(それなのに、いったい、誰が……っ)

 不審人物の報告を受けて、たった数日。

 その数日で、全てを暴いた者がいる。

 それはいったい――。



「――これで良かったんですか、ゼイン様?」

「何がだい?」

 赤竜を討伐し、荷物を宿に取りに戻ったその足で村を後にしたフィリスたちは、次なる町へ向けてすでにチェスター男爵領を抜けていた。

 ずっと訊きたそうにしていたのに我慢していたらしいルディが、男爵領を抜けてようやく口を開いた。

「赤竜を倒したのも、チェスター男爵の悪巧みを暴いたのも、全部ゼイン様です。なのに……」

 その手柄を譲ってしまっていいのか、とルディは言いたいのだろう。

「男爵の悪巧みも、赤竜を倒したのも、私だけじゃないけどね。二人の活躍あってのことだ。偉いよ、二人とも。次の町で何かご褒美を買わないとね」

「とんでもありません! 俺はただゼイン様のご指示どおりにしただけです。ゼイン様が気づいたからこそ暴けたんです!」

 ゼインの眉尻が垂れ下がる。フィリスは「あ」と思った。それは、少し前にもゼインが見せた、まるで「仕方のない子だ」と言うような微笑み方だった。

「だとしても、いいんだよ、ルディ。私たちは追われている身だ。正体を明かせないのはおまえだってわかっているだろう? 特にチェスター男爵は――直接話したことはないけど――私の顔を知っている可能性があるからね」

 それに、とゼインは続けて。

「悪い魔術師は、人の悪巧みを暴かないものだ」

 ね? と同意を求められて、フィリスは小さく首を傾げた。

「ルディは怒ってるの?」

「いや、これは心配しているんだよ。あと『悔しい』のかな」

「『悔しい』?」

「もう! そうですよ! だってゼイン様の手柄なのにっ。わかってるなら意地悪しないでください!」

 ゼインが声を出して笑う。

 なんだかよくわからなかったけれど、フィリスは満足していた。

 だって――。

「ゼイン、剣気に入った?」

「うん? そうだね、ドミニクの最後の作品だ。まさか本当に約束を守ってくれているとは思わなかったから、行ってよかったよ」

「約束?」

「ああ。折れた前の剣を買ったとき、まるで予言者のように言われたことがあるんだ。『それはおまえさんの生涯の相棒じゃない。次来るときまでに俺が仕上げてやるから、また必ず来い』ってね」

「ドミニク、予言の魔術師?」

「ははっ、違うよ。でも素晴らしい剣を創造する、私にとってはある意味魔法使いのような人だった」

 どうしようもないご老人ではあったけど、とゼインが付け加える。その顔が、いつになく嬉しそうだったから。

(ゼインが嬉しいと、わたしも嬉しい)

 不思議だな、と思いながら旅の道を歩く。

 彼の腰にぶら下がる剣から爽やかな風を感じて、なんだか剣も嬉しそうだと思ったフィリスだった。




<第一章・完>

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悪名高き魔女に愛を乞え 蓮水 涼 @s-a-k-u

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