幕間 従者の思い
魔術は、感覚的に使う者と、理性的に使う者で二分化される。圧倒的に多いのは後者だ。
だからこそ、皇都などの主要都市には魔術学校などの魔術師育成機関が存在し、才能ある若者たちが切磋琢磨している。
けれど中には術式を読み解くことなく感覚で膨大かつ複雑なそれを理解し、自分のものにしてしまう者もいる。彼らはいわゆる天才と呼ばれた。
宮廷魔術師の中には、秀才と天才がいる。ルディはどちらも見てきた。だから、フィリスの魔術を行使する姿を見て、彼女が〝感覚派〟だということを肌で感じ取った。
それくらいフィリスは自然と魔術を扱うのだ。まるで朝起きたら顔を洗うのが当然というルーティーンのように。
(あなたも人が悪いですね、ゼイン様)
こんな怪物の存在をずっと隠してきたのだ。ゼインなら、これほどの魔術師を見つけたら城に召し上げることなど容易かったはずだろうに。
それでも今までそうしなかったのは、彼女を城に呼ぶつもりがなかったから。城に呼んで、皇帝や弟皇子に取られるのを防ぎたかったから。
特に魔術師に異常なほど執着している現皇帝なら、フィリスほどの実力者を囲い込むことは想像に難くない。
(もしかして、ゼイン様にはこうなる未来が見えていたのか?)
自分が城から追い出される未来を。
いずれ自分が城からいなくなる未来を。
だから、小さな魔術師のことを報告せず、これまでずっと秘密にしてきたのだろうか。
いや、尊敬する主君の考えを自分ごときが推し量るなど、無理な話のように思える。特にゼインは、帝国の歴史上最も神に愛された皇子だ。容姿はさることながら、性格も、政治的手腕も、何よりその
上に立つ者として必要な人心掌握術だって、彼にとっては朝飯前である。
順調だった。何もかもが。順調にゼインが次期皇帝になるものと目されていた。
彼の弟皇子が、反旗を翻すまでは――。
(でもゼイン様は、第二皇子殿下をまだ信じてらっしゃる)
この旅の目的は、だからただの逃走でもなければ、亡命でもない。
それまでゼインを心から尊敬し、慕っていた弟皇子の変貌を疑っているゼインによる、弟の真実を知るための旅なのだ。
(フィリス。もしあなたが、そんなゼイン様の邪魔になるときは……)
自分がなんとかしなければ。
この、宮廷魔術師並みに魔術を扱う者を相手に。たとえゼインが望まなくとも。
それが、ゼインの従者である自分の役目だと信じて。
主君が誤った道を進もうとするのなら、それを諌言するのも従者の仕事だから。
「ルディ」
フィリスの何を考えているか読めない黒い瞳が自分を映す。
「終わったみたいだよ。中、入る?」
「……ええ、ありがとうございます」
その邪気のない瞳から、ルディはなんとなく目を逸らした。
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