第4話 ランディ・ウォーダン


 部屋の中に入ると、どこから出してきたのか、ゼインが男の身体を縄のようなもので縛って微笑んでいた。腕ごと拘束されている男はめそめそと泣いている。

「ああ、フィリス。部屋に入るのは構わないけど、それ以上近づかないでね。縛ってはいるけど、念には念を入れたいし」

「? わかった」

 言われたとおり扉の前で止まり、ルディが扉を閉めるのと同時に結界を完成させる。先に全ての結界を張ってしまうと、自分たちが出入りできなくなるため、あえて扉分の結界は張っていなかったのだ。

 これで蟻の子一匹も侵入できない結界が、この部屋を覆っていることになる。フィリスの許可がなければ、中からも出られないものだ。

「さて。じゃあランディ・ウォーダン。もう一度さっきの話をしてくれるかい?」

「え、またぁ? 俺、洗いざらい喋らされたと思うんだけど」

「ほら、いいから」

「うぇ~、人使い荒いなぁ」

 そう文句を垂れつつも、男は大人しく従った。

「俺はランディ・ウォーダン。仕事は鍛冶師。腕はそれなりに良いと自負してる。好きなものは女。嫌いなものは束縛の激しい女。あと痛いこと。趣味は――」

「誰もそんなことを話せとは言ってないよ」

「なんでだよ! いいだろ別に! 自己紹介くらい好きにさせろや!」

 ランディが喚く中、一人だけその自己紹介に衝撃を受けている者がいた。ルディだ。

「ちょ……っと待ってください。ウォーダンって、まさか……」

 ルディの言葉に、ランディがつまらなさそうに応える。

「あんたら、ドミニク・ウォーダンを訪ねてきたんだってな? それ、俺のじーさんだわ。享年六十二。残念だったな」

「なんですって!? ゼイン様、本当なんですか?」

「本当だよ。ついてないな、まったく」

「おい、なんで俺じゃなくてこのおっかない男に確かめてんの?」

「そんな……じゃあゼイン様の剣はどうすれば……」

「おーい、無視か、眼鏡」

「眼鏡じゃありません!」

「そこは反応すんのな」

 ゼインはようやくランディの拘束を解いた。身体の自由を取り戻したランディは、素早い身のこなしで部屋を出ようとする。が、フィリスの結界がそれを阻む。

「おい!? なんで外出れねぇの!? まだ何かあんの!? そこの嬢ちゃんには二度と手ぇ出さねぇし仲間にもそう言っておくって約束しただろ!」

 フィリスはゼインに手招きされて、彼の隣に移動する。ぽんと頭に乗った大きな手を感じて、ゼインを振り仰いだ。

「いい子だ、フィリス。これは中の人間も出さない結界かい?」

「わたしの許可がいるよ」

「じゃあまだ許可は出さないでね。ランディには用があるから」

「待て待て待てっ。なんなのおまえら。俺は女と遊びたかっただけなんだけど! なんでこんな面倒なことになってんだよっ」

「手を出した相手が悪かったね。それと、君がドミニクの孫であることも、まあ、私にとっては幸運だったけど、君にとっては不運だったかもしれない」

「じーさんは死んだって言ったろ! それも二か月前にな! いないんだから諦めろよ!」

「君に剣を打ってもらいたい」

「だーかーらぁ! ……って、は? 今なんて言った?」

「ドミニクのことは残念だが、彼に昔聞いたことがある。自分には孫がいて、おそらく孫が自分の跡を継ぐだろうと。息子よりも孫だとね」

 ランディが少しだけ狼狽えた。まるでそう言われることを想像もしていなかったみたいな顔だ。その表情の意味を知りたくてゼインの服を少しだけ引っ張ったら、質問する前に答えが飛んできた。

「あれは驚いているんだよ」

「『驚く』?」

「そう。自分の予想と違うとき、想像としたものと違うとき、人はその差異に驚く。さて、ここで不思議なのは、なぜ彼が驚いているかということだ。先ほどの自信家な発言からすると、ここは当然だと受け止めてもいいだろうに。それとも、君より御父上のほうが腕の良い鍛冶師なのかい?」

 ランディが気まずそうに視線を逸らした。眉間にはしわが寄っており、フィリスには『憎い』という感情が思い浮かぶ。けれど、先ほど『嫌』だと思った自分も同じように眉根を寄せたことを思い出し、じゃあ今のランディは『嫌』だと思っているのか、と考える。

 でもそのどちらでもないような気がして、フィリスはじっとランディを見つめた。

「君の御父上はどこにいる? 私はつい先ほどドミニクを訪ねたけど、家には誰もいなかった。だから引き返して来たんだけど」

 それを聞いてようやく納得する。ゼインとルディが部屋にいなかったのは、鍛冶師を訪ねて行っていたからだったのだ。

 同時に、自分だけ置いて行かれたことを知り、胸の中がモヤッとした。

「は、なるほどな。どうりで嬢ちゃんを置いてったわけだ。俺にあそこまでするんだったら連れて行けよって思ったが、まあ、じーさんが相手じゃ置いてくわな」

「君はドミニクに似ているよ」

「女好きなところがな」

 ははっ、とランディが軽快に笑う。不思議だ。胸の中にあったモヤが今の一瞬で消えてしまった。

 けれど、ランディの笑顔も一瞬で消えてしまった。

「逆に親父は似てねぇんだ。反面教師ってやつかな。じーさんの女好きと酒好きを見てきたから、めちゃくちゃ厳しい人だった。鍛冶の腕も似なかったなぁ」

「もう一度訊くよ。君の御父上、どこにいるんだい? いや、御母上もだ」

「親父は死んださ、一年くらい前に。魔物にやられたんだ。この近くにベルズ洞窟ってのがあって、そこが竜の棲み家になってる。ベルズの赤竜って聞いたことない?」

 世俗から離れて暮らしていたフィリスは、もちろん聞いたことはない。ルディも特に反応を示さなかったが、ゼインは違った。

「確か討伐隊が組まれたはずだ」

「よく知ってんな。そ、討伐隊。近くの冒険者ギルドが協力して組んだんだ。国からも援助してもらってな。親父はそれに参加した。鍛冶の腕がない分、親父には剣の腕があった。じーさんの打った剣を持って臨んだんだ」

 ランディ曰く、結果は惨敗だったという。

「そもそも赤竜は空を飛ぶ。空を飛べないただの人間に何ができる? 魔術師だって空を飛べる奴は少ない。だから俺もじーさんも、お袋だって反対した。なのにあの頑固親父、じーさんの剣を勝手に持ち出して行きやがった。失敗作をそうと気づかずにだ! しかも書き置きになんて書いてあったと思う? これで赤竜を倒せば親子で名が上がるだとよ。じーさんのこと嫌ってたくせに、鍛冶の腕だけは認めてたのが仇になったんだよ。ほんと、クソ親父だ」

 母親は、帰らぬ夫の代わりに頑張りすぎて、今は病院で寝たきりの生活を送っているという。祖父も自分の剣のせいで息子が死んだのではないかと、最期まで自分を責めていたらしい。

「残念だが、俺はもう剣は打ってない。打ってるのは農具とか生活に必要なものだけだ。そっちの腕は鈍ってる。他を当たんな」

 ランディがもう一度扉のノブに手をかける。出られないことをこの短時間で忘れていたのか、扉のパネルに額を打っていた。

「いつまで閉じ込めとく気だ!? 俺も忙しいんだけど!」

「状況は理解した。確かに私の記憶でも討伐隊は失敗に終わったとある。それも。だから訊いていいかい。これは純粋な疑問だけど、君はその討伐のために剣を打とうとは思わなかったの? それこそ御父上の仇として」

「はあ? 何言ってんだ」

「君の性格ならありえると思ったんだけど」

「違う、そっちじゃなくて。討伐隊は二回組まれて二回とも失敗に終わってからは一度も組まれてないぜ? 国が俺たちの村を見捨てたからだって、そう聞いてる。おかげで税金は上がるし、赤竜は今日も元気に火吹いてるし、踏んだり蹴ったりだ」

 へぇ? とゼインの口角が意味深長につり上がった。

 その瞳に獰猛な光が宿るところをフィリスは見た。

「ちなみにランディ、この村を含む付近一帯の領主は、チェスター男爵で間違いないね?」

「お、おう。ほんとよく知ってんな」

「税金が上がったというのは?」

「国から派遣された騎士が引き上げていっちまったから、代わりに男爵の私兵が竜が襲ってきたときの対応をしてんだよ。だからそのための武器とか、食糧とか、まあ諸々の分だって聞いてる」

「なるほど。だからこの村は活気がないのかな? 鍛冶師の村としてそれなりに有名で、外からの来訪者も多いはずなのに」

「そうだけど普通に失礼じゃね?」

 喧嘩売ってる? というランディのツッコミは、残念ながらゼインには届かなかった。

「ただ、男爵がお金に困っている話は聞いたことがないな。それどころか、だいぶ贅沢な暮らしを送っていそうな体型だったのを覚えているよ」

 くすりとゼインが笑みを漏らす。

「ルディ、やることができた」

「はい、ゼイン様」

「旅に寄り道は必須だね?」

「ええ、ゼイン様がお決めになったのでしたら」

「二か所寄りたい。男爵は確かこの村から二つ先の町に邸宅を構えていたはずだから、一つはそこ」

「もう一つは?」

「言わなくてもおまえならわかるだろう?」

「ベルズ洞窟ですね」

「そういうことだ。――フィリス」

 名前を呼ばれて顔を上げる。ゼインの瞳は輝いていた。まるでイリス村の少年たちがヒーローごっこをしていたときのように。

「ゼイン、楽しいの?」

「あれ、『楽しい』という感情は知っていたの?」

「今のゼインの瞳、見たことある。楽しいって言ってた」

 言葉は足らなかったはずなのに、ゼインはそれだけでフィリスの言いたいことを理解してくれたらしい。

「そう。うん、楽しいよ。私は強い者いじめが大好きだからね」

「?」

「いや、私の立場からすると、これは弱い者いじめになってしまうのかな?」

 ふふ、とゼインから笑い声が落ちてくる。

 彼の言葉の意味はわからなかったけれど、ゼインが楽しいならいいかと思う。『楽しい』という感情は、『悲しい』や『困る』よりは良い感情ものだと知っているから。

 それに、ゼインが楽しそうな姿を見て、なぜかフィリスの心もふわふわとし出した。

「じゃあフィリス、これから君に手伝ってほしいことがあるんだけど――竜退治なんて、どうかな?」

 はあ!? と仰天の声を上げたのはランディだ。彼はゼインに「馬鹿かあんた!?」と暴言を吐いたが、ゼインはフィリスから視線を外さない。

 その変わらない楽しげな瞳に、フィリスもつられて目を細めた。

「うん、いいよ。楽しそうだね」


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