第5話 ゼインの剣


 フィリスが笑うことは滅多にない。別に意識して笑わないわけではなく、フィリス自身『笑う』という行為がいまいちわからないためだ。笑い方を知らないと言ってもいい。

 だから、数日前にほんの少しだけ笑ったフィリスを見てから、ゼインはずっとこの調子である。

「フィリスは本当にかわいいよね」

 何かを噛みしめるような言い方だった。

「おい! 眼鏡! おまえらのパーティーどうなってんの!? これから赤竜の討伐に行く空気じゃねぇよ! なんだこの浮かれた男は!」

「何言ってるんです? 俺たち別にパーティーじゃありませんよ? 冒険者でもないですし」

「じゃあなんだよっ」

 場所はランディの家、そのリビングで。またもやロープで胴と腕をまとめて拘束されたランディの疑問に、拘束した犯人であるゼインが答えた。

「かわいい魔術師とその仲間だよ」

「こいつふざけてんの!?」

 ランディの暴言に反応したのは、言わずもがな、ルディである。

「ランディ・ウォーダン。いい加減その口の利き方をどうにかしないと痛い目に遭わせますよ」

「はん! 眼鏡がそんな大したことできると思わねぇけど? どう見ても弱そうじゃん」

「ああ、その喧嘩を買うのは得策じゃないよ、ランディ。ルディは意外と容赦がなくてね。以前私に嫌がらせをしようとした男を、四階の窓から逆さ吊りにしていた」

「……は、逆さ吊り?」

「俺の忠誠心は空よりも高いんです!」

「いや、それ忠誠心関係なくない……?」

 ヤバイ奴しかいねぇのかよ、とランディが半泣きになっている。泣く、ということが『悲しい』ことだと教えてもらったフィリスは、前にゼインにしてもらったようにランディの頭を撫でようとした。が、ゼインによって止められる。

「つーかさー、嬢ちゃんに手を出そうとしたのは許してくれたんじゃねぇの?」

 ランディが不服そうに唇を尖らせた。おそらく彼はこの状況――急に家に突撃されてまた拘束されたこと――から、まだ許してもらえていないと思ったのだろう。五日前に起こした、フィリスに手を出そうとした事件を。

 けれど、それは見当違いだ。

 五日前、この村に到着したフィリスたちは、村が赤竜の被害に苦しんでいることを知った。本来は剣を調達できればすぐに立ち去るはずの村だったが、ゼインの意向により少しだけ寄り道をすることにした。

 そうしてこの五日間、ゼインの指示の下、フィリスたちは赤竜討伐の下準備のために奔走していたのだ。

「フィリスに手を出さないのは当然として、今日君を訪ねてきたのは別件だ。君は被害者の一人だから、真実を教えてあげようと思ってね」

「真実? え、それと縛るのと関係ある?」

「ないかな」

「嘘だろ、なんなのこの優男」

「ゼイン様は優男ではありません! そういうことはゼイン様の筋肉を見てから言いなさい!」

「ルディ、服を捲ったら怒るよ」

 ゼインの黒シャツを勢いよく捲ろうとしていたルディは、そこでハッと我に返った。ゆっくりとその視線がフィリスの方を向いたので、フィリスは何かあったのかと首を傾ける。

「も、申し訳ありませんでした。つい」

 もうやだ、となぜかランディが嘆いている。

「まあとにかく、これから赤竜を討伐しに行くわけだけど。君に見せたいものがあるから一緒に来てもらうよ。それと、剣を一つ借りたい」

「持ってねぇのかよ!」

「だからドミニクを訪ねてきたんだ。もう忘れた?」

「そういえばそうだったな!」

「……なんというか、ランディは人の話に突っ込まないと気が済まないタイプの人間かい?」

「違うけど!? 突っ込ませてんの誰だと思ってんだよ!」

 その間、フィリスは家の壁に飾られた剣を一人眺めていた。工房は別の場所にあるらしいが、さすが鍛冶師の家だ。まるで武具屋のようにたくさんの作品が壁に飾ってあった。

 そのうちの一つに、フィリスの目が止まる。

「これ……」

「フィリス? どうしたんだい?」

 フィリスの様子に気づいたゼインが声を掛けてくる。それによってランディの意識もフィリスに向いたらしく、そこで初めてフィリスが何を眺めていたか気づいたらしい。

「嬢ちゃん、お目が高いね。それはじーさんから預かってる剣だ。じーさんの最後の力作と言ってもいい。とある御方に渡してくれって頼まれててさ。聞いて驚くなよ? なんと、このガルノア帝国の第一皇子、ゼイン殿下に――」

 と、そこでランディが言葉を切った。それから、人の家だろうが構わず勝手に、かつ優雅に椅子に腰掛けているゼインを穴が開くほど凝視する。

「ゼインって、よくある名前だよな?」

 乾いた笑みをこぼしながらランディが言う。

「そうだね。よくある名だ。第一皇子が生まれてから、あやかってその名を子どもに付ける親が増えたからね」

「だ、だよな!?」

「フィリスはなんでその剣が気になったの?」

 自分の正体を明かす気はないらしいゼインが、話題を変えるように振ってきた。

「これ、魔力が付与されてる」

「え、わかんの、嬢ちゃん」

「わかる。爽やかな風」

「は~、マジか。ほんとに魔術師なんだな」

 感心するように頷かれて、フィリスはなんだか胸を張りたい気分になった。剣の魔力を見抜いただけで褒められるなんて初めてだ。

「気のせいかな、フィリスの頬が上気している気がするんだけど。ランディに? なぜ?」

「知らねぇよ! 怖ぇから真顔やめろ!」

 息を一つ吐き出したゼインは、じゃあ、と言ってその剣を手に取る。

「ちょ、おい! それはだめだって! 預かりもんだし、皇子のだぞ!?」

「だったらこれ、今回の報酬にしてくれるかい?」

「はあ?」

 赤竜を討伐する報酬に、とゼインが付け加える。

「いや、でも」

「第一皇子は現在行方不明なんだろう? 死んだとも噂されている。せっかくの力作を眠らせておくのはもったいない。君が少しでも剣を打ったことのある鍛冶師なら、当然、そう思うよね?」

「てめっ……言ってくれるじゃねぇか」

 好戦的な二人の視線が交差する。どちらも逸らす気配はなかったが、先に白旗を上げたのはランディだった。

「折ったら承知しねぇぞ」

「折らないよ」

「あと、その剣、わりと扱いが難しいからな。試し斬りのときは漏れなく全員吹っ飛んだから、扱いきれなくても俺は保証しねぇぞ」

「いいね。腕が鳴るよ」

 そうして一行は、ベルズ洞窟へと向かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る