第11話


「その馬車ってのはどこに行ったんだ?」


 アプロは男に声をかけた。


「誰だアンタ?」

「俺もパーティメンバーがいないんだ、もし探しに行くなら連れて行ってほしい」

「えっと……それなら俺なんかより、グレイシーさんに聞いてみなよ」

「グレイシー?」


 1階のロビーをサッと指差す男、アプロも一緒に見てみると何やら黄色い長ズボンをダボダボに履いた上半身裸の男が「ホオオオッ」というかけ声と同時に拳や足を振り、激しい運動を繰り返していた。


「アチャ! アタァ! ホアタァ!!」


 引いた顔でアプロは思わず、なんだこの人と心の中で呟いてから様子を観察した、ズボンの右側には黒い字で『No.1』と大きく書かれており、何がナンバーワンであるかは本人しかわからなかった、それでも周りの者達はその意味のない動きに拍手を送る。


「この事件、”緑色”の冒険者である僕に任せてもらおう!! アチャア!!」

「「うおおおおおおおお グッレイシー、グッレイシー!!」」


 赤色の短髪をピリピリと逆立たせながら、格好の悪いポーズを決めると何故かグレイシーの周りには歓声がわいた、「あっ、関わってはいけない」と直感したアプロは後ずさりして距離を取っていると――。


「うおおお、俺もサインもらいに行こうっと!!」

「いてっ」


 先ほどグレイシーを紹介していた男は興奮した声でアプロを押し退け、慌てて階段を下りた後、持っていた盾にサインしてもらい喜んでいた。


「俺、靴にお願いします!!」

「ハハッ!! 全然構わないさ!!」

「僕は剣に!!」

「ホワッ! ホワッ!!」


 キランと白い歯を見せるグレイシーを見て、集団は大騒ぎをしながらギルドのロビー内でジャンプを繰り返す。


「「グッレイシー!! グッレイシー!!」」





 それはまるで、街のお祭りかのように声は一体感を増していった、さすがにうるさいと思ったのかアプロの隣まで来たフラムは両耳を指で塞ぎながら、ゴミを見るような目で手すりに寄りかかって呟く。


「……アプロの兄貴、あの辺魔法とかでぶっ飛ばせないんスか?」

「俺、魔力がゼロに近いから魔法使えないんだよな」


 筋肉お化けって事ッスか、とフラムは言い、アプロは否定するツッコミを入れた。


「なーにをのんきに喋ってるんだい! さっさと下に行って注意するよ!!」


 そう言ってロザリーは嫌そうに断るフラムの手を無理矢理掴んで階段を下りると、グレイシーコールよりも遙かに大きい声で全員に注意をした。


「アンタ達ねえ! 騒ぐのはいいけど外でやりな外で!!」

「「グッレイシー! グッ……」」


 その声に驚くとピタリと声は止み、全員がロザリーの方をチラリと見るが――。


「「……うおおおお、グッレイシー!! グッレイシー!!」」


 何故か再び騒ぎは嵐のように巻き起こってしまった、集団はロザリーを無視してグレイシーコールを繰り返し、一応怒られた事を自覚してギルドの外へと出て行く、ミスティアを探さないといけない、アプロは集団の後ろを追いかけようとしたが。


「アプロ、どこ行こうってんだい? 壁の修理代をまだもらってないよ!!」


 魚をくわえて逃走する猫でも捕まえるかのように立ち上がったロザリーはグイッとアプロの後ろ襟を掴んだ。


「まっ、待ってくれよロザリーさん、俺はミスティアを」

「悪いけどねえ、冒険者ってのはあんな風に適当に生きてる連中ばかりなんだ、後で払うなんて聞かないよ!!」


 それはまあ、ごもっともな意見だと納得したアプロは抵抗を止めてしまった。


「どうせ返すお金もないんだろ? 今日は1日ウチで働いていきな」

「……駄目だ!!」


 ロザリーの言葉をアプロは強く拒否した。


「ミスティアは俺のパーティメンバーなんだ、助けなくちゃいけないんだよ!!」


 それを聞き、掴んでいた襟を離したロザリーはアプロの発した言葉と、その目に偽りがないか確かめるように質問を投げた。


「アプロ、あんたに1つ質問だよ、どうしてミスティアを救いたいんだい? 知っての通り、この街には他の冒険者なんていくらでもいるし、パーティなんてまた誰かと組めるじゃないか、どうしてその子なんだい?」

「どうしてって……」


 アプロは考える、なぜミスティアなのか、なぜ彼女と一緒に居たいのか?


 あの時ミスティアと交わした言葉をアプロは思い出し、少しだけ生まれた思い出を振り返った。


「一緒にパーティを組んで、少しだけミスティアと話したんだ、健気で、明るくてどこか抜けているけど、きちんと自分の意志を持って話してくれる、ミスティアは嘘なんてつかないほど、単純なんだ」


 アプロはミスティアに『特別な感情』を抱いている訳ではなかった、しかしアプロの強大な力を利用しようともせず、『仲間の1人としてここにいたい』、謙虚にも出てきたその言葉がアプロは嬉しかった。


 彼女に対し、このパーティにいて本当に楽しかったと。


 アプロはミスティアに恩返しがしたかった。


「俺達の仲間は時々旅して、時々笑って、忘れない思い出を共有したい、そりゃあ……目的は薄いけど、それが俺の作りたかったパーティだ! だからミスティアがいなくなるのは……寂しくて、心が痛い、だから!! 俺が助けないといけないんだ!!」


 ロザリーは何も言わずに、真っ直ぐぶつけられていた『本当の言葉』を受け取っていた、もしアプロが嘘をついたり仲間を思っていなかったのなら、ロザリーは助けに行かせる事はしなかった。


 たった2人きりのパーティ、だからこそ助けたいと胸を張ってアプロは言う、その姿に少し見つめたあと、ロザリーはシッシッとアプロに向けて手を振った。


「わかったよアプロ、もう行きな」

「……いいのか?」

「行きなって言ってんだよ! その代わり、帰ってきてからきっちりお金は請求するからね!!」

「あ……ありがとう、ロザリーさん!!」

「ふんっ、礼なら後でその助けたパスティアってやつからきっちり聞くよ」

「ミスティアだ、ありがとうロザリーさん!!」


 勢いよくギルドの扉を閉めて出て行くアプロ、グレイシーを応援した者達も去ってしまった今、嵐が静まったかのようにシーンとなるギルド内……ロザリーは腰に手を当てため息を吐いていると、その後ろで頭の後ろに両腕を組んだまま、ニヤニヤとした顔で見てくるフラム。


「しっかしロザリーさん、似合わねー事するッスね?」

「何言ってんだい、今時の冒険者にしちゃいい目をしていたじゃないか」

「そうスか? 騒いでた連中と一緒で、その時その場を生きてる人って感じがするッス」

「理由なんてどうでもいいのさ、肝心なのは自分の足と自分の言葉で必死に他人を動かして仲間を助けようとする信念だよフラム。……全く、あのバカな冒険者と被っちまったねえ」

「バカな冒険者って誰ッスか?」

「今は”存在しているかわからない”本当にバカで真っ直ぐな英雄さ……。ところでフラム、失踪事件について調べてもらえるかい?」


 バカな男の話に興味なかったフラムは『ロザリーが動き出す』という事に組んだ腕を解いて尋ねた。


「え、いいんスか? この事件をギルドとして動かしたら”あの男”が――」

「いいんだよ、彼はもう引き返せないところまで来てるみたいだからね」

「と言うと?」

「さっき言った、バカな男が動いてるって事さ」


 フラムはそのバカな男というのが一体誰なのか、説明を求めようとしたその時。


「すいま、せん。あの。さっきの話、詳しく聞かせて、くれませんか?」


 銀の全身の鎧を着た者がもじもじと身体を揺さぶってフラム達を呼び止める。


 たどたどしく喋る彼女は常に怯えているかのようで、言葉1つ1つを変なところで区切っていた……。





        ◇    ◇    ◇





 太陽は日が沈む西の方へと徐々に近づく、街の外を囲むように敷き詰められた森をアプロ達60人近くのパーティは、木々の間に敷かれた1本の土道を歩き続け、失ったメンバーの捜索を始めていた。


(入れてもらったのはいいけど……)


 円卓の騎士団に居た頃と同じ、列の最後尾をつまらなさそうな言葉を頭に並べながらトボトボと歩くアプロ、森の中心に入ってしまえば方角もわからず、日が沈んでいるかもわからないので1人で帰る訳にもいかない。


 加えてさっきから茂みの中から魔物が襲ってきてもグレイシーとその周りの者達が倒してしまう、これでは円卓の騎士団に居た頃と何も変わらないと倦怠感に包まれながらあくびを繰り返した。


(ふあーあっ、ミスティアを救うためだ、がまんがまん)


 列の先の方を見ると、前を歩くグレイシーがピタリと『また』立ち止まった。


「ふーん地面に描かれた車輪、そしてその足跡からして彼らはベテラン冒険者が行くダンジョンに向かったに違いないね!!」


 土についた車輪の跡をもはや分析というレベルではないが、グレイシーの推理に気付かなかったメンバー達は尊敬を込めてグレイシーコールの歓声をあげた。


「やっぱ凄いなあグレイシーさんは!! 圧倒的な力と洞察力、まさに冒険者の見本だぜ!!」

「ホワホワッ!!」

「ああ、なかなかこんな推理は出来ないぜ!!」

「簡単な推理さ! アタッ!!」

「「うおおおおグッレイシー!! グッレイシー!!」


 このお遊戯のような流れはいい加減飽きてきたと心底感じていたアプロは、目の前を歩く2人に声をかける。


「なあ聞いてもいいか、どうしてグレイシーって人は剣も杖も持ってないんだ?」

「え、なんだよお前知らないのか?」

「グリーン冒険者で有名なグレイシー流体術、その代表グレイシーさんだよ」


 グがあまりにも多い、アプロは最速でツッコミを入れる。


 グリーンでグレイシー体術のグレイシーの事を聞くだけでも嫌な気分になったが、1つだけ聞き慣れない言葉を耳にしたのでアプロは尋ねる事にした。


「グリーンってなんだよ?」

「お前ほんとに冒険者かよ? ……仕方ない、ブルーの冒険者である俺達が教えてやるよ」

「頼む」


 そう言って自信満々に、2人の男のうちの1人がパーティカードを見せるとベラベラと自慢げに説明を行った。


「冒険者カードってのはさ、『ベージュ』、『ブルー』、『グリーン』、『レッド』、『ゴールド』と。後ろになればなるほど、強い冒険者の証明なんだ」

「なるほど」


 その説明を補足するように、もう1人の男が話しを始める。


「で、色を進化させる為には冒険者としての実績が影響する、つまり全く活動しなきゃ2年のパーティカード更新時にランクダウンするんだ。もちろん、ベージュの人だと失効扱いになって、また冒険者施設から登録試験のやり直しだな」

「ふーん……」

「もっと詳しく説明してやるよ、各色の恩恵はな――」





 各色でのパーティカードの特徴は以下の通りである。


 【ベージュ】……冒険者としてギルドに登録すれば、誰にでもなれる色。

 【ブルー】……どこの街でも一度実績を残せば大体なれるので、登録は未知数。

 【グリーン】……世界の10万人がなれる色、このカルロという街ではあまり見かける事はない。

 【レッド】……世界の1000人しかなれない色と言われている、実績を重ねた有名なパーティのリーダーに1人はいる。

 【ゴールド】……伝説級の仕事をした冒険者に与えられる色、世界に数人しか存在していないと言われているが、その者達を見た者達は少ない。


 また、ゴールド冒険者は一度なると永久的にランクダウンが発生する事はなく、ギルド、各国からその功績を称えられ大量のお金が手に入り、老後に困ることはない。


 そしてゴールドになった一部の者は世界の危機を救う謎の組織、『ハルモニア』に勧誘される、ハルモニアはゴールド冒険者のみで構成され、主な活動内容は不明とされていた。


「……とまあ、ざっとこんなもんだ」

「わかったか? 新入り冒険者くん」

「ああ、大体わかった」


 2人の説明にアプロが感謝を述べていると、またもや前の方でグレイシーコールが行われていた。


「「グッレイシー! グッレイシー!!」」


 さっさとミスティアを見つけこのパーティを去りたいとアプロは心の中で強く思った、みんなから乗せられ調子に乗ったグレイシーは意味もなく拳を突き出したり蹴りを繰り出したりと、とにかく無駄な動きを繰り返す。


「ホオオオオッ!! ホワタッ! アタッ!!」

「「うおおおおおかっけえええ!!」」

「アタタタタッ!! ハチャア!!」


 空気を切り裂く音が何度も鳴った。


「アタタタタタタッ!!!」

「「グ、レイシー!! グ、レイシー!!」」

「アタタタタタタタタタタタタタ……ッ!!!」


 動き疲れたのか段々と息切れを始めるグレイシー、それでも人々は期待の目でグレイシーコールをより強くさせると、応えるのが限界と感じたグレイシーはふう、ふう、と息を整える姿勢になりギロリとアプロを見た。


「ふう、ところで、キミ! そう、最後尾のキミだよ!!」


 ピタリとグレイシーコールが止まり、周囲の目線はアプロに集まる、グレイシーは休憩時間を作るという意味も含め、不満げな表情でアプロに1つ尋ねた。


「キミは、さっきからやる気はあるのかい……? 冒険者の色はなんだ?」

「え、ベージュだけど」

「おいおい、いくらベージュの冒険者と言っても、剣ぐらいは構えたりするだろう?」



 これは……いつかどこかで見たような光景をアプロは思い出していた。

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