――――――壱――――――


 「「きゃ――!! 清崇せいしゅうさん、部活頑張ってください!!」」


 私立下鴨しりつしもがも高等学校。

 赤レンガ造りの外装が目をひく、市内でも有数の進学校である。その敷地内の弓道場に向かう途中で、安倍清崇あべせいしゅうは女子生徒たちから黄色い歓声を浴びせられる。

 清崇せいしゅうは歩調を緩めず、軽く手を挙げて微笑むと、その横を通り過ぎた。


「ちょっと、見た!? 今私に笑いかけた!」

「は? 私でしょ?!」

 女子生徒たちの、不毛な争いの声が聞こえてくる。


 「隣の俺はスルーかよ……全くこんなキツネ目のどこがいいんや」

 清崇の隣を歩く、茶髪に垂れ目の男子生徒――伊東いとうは、女子生徒たちのいる後方を横目で見ながら、小声で悪態をつく。

「伊東、何か言った?」

「むかつくから言わなーい」

 

 安倍清崇あべせいしゅうは昔から、一種のカリスマ性を持っていた。

常に微笑んでいるかのように細い、切れ長の目。その涼しげな目元には、少しウェーブのかかった亜麻色グレージュの髪がかかっている。

 眉目秀麗びもくしゅうれい、成績優秀―――才色兼備さいしょくけんびを絵に描いたような彼は、周囲の人望もあつく、所属する弓道部では部長を努めている。当然よくモテた。


 その一方で、清崇は常に周りと一定の距離を置き、特定の人間と深い関わりを持つことを避けてきた。「友人」はたくさんいても、1人でいることの多い清崇だったが、同じく弓道部である、この伊東とはよく話した。清崇を特別視せず、ずけずけと物を言う、裏表のない性格が心地よいのかもしれない。


「……悪かったな、キツネ目で」

「聞こえてんじゃねぇか」


 弓道場の更衣室まで来たところで、清崇はかけていた眼鏡を無造作に外し、ブレザーの胸ポケットに入れた。その様子を見た伊東は、練習用の紺地の袴に着替えながら、聞く。

「前から不思議に思ってたけど、お前ってほんとに目悪いの?なんでまとは見えるわけ?」

(……相変わらず変なとこに鋭いな)


 清崇せいしゅうが部活の時以外かけている眼鏡は、普通の眼鏡ではない。あやかし、特殊な眼鏡だ。妖の関知能力が高い清崇は、この眼鏡をかけていないと必要以上にしまい、消耗してしまうのだ。弓道の時は、射ることにだけ集中してればいいので、眼鏡をかける必要が無かった。


「……僕は遠視なの」

「何歳だよ、お前」


 袴に着替えた2人はそれぞれ、壁に立てかけられた自分の弓を取ると、一礼して射場しゃじょうに足を踏み入れる。 


「「お疲れ様です!」」


 中には既に、ほとんどの部員がそろっていた。

射場の中央の柱に、「正射必中」の筆書きが掛けられている。清崇はその下に立つと、全体を見渡して号令をかけた。



「―――はじめよう」


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