四十一、彼女と過ごす文化祭

「おはよ」


「ツインテール……だと?」


 朝一の眠気がすべて吹き飛ぶ。

 なぜなら今日の推しはいつもとは一味も二味も違う。


「いちいち大げさなんだから。うれしいけど」


「すまん聞こえなかった。もう一回」


「絶対聞こえてる」


「当然だ。俺が君の声を聞き逃すはずがない」


「どっちなのよ……」


 通学路を一緒に歩きながら改めて彼女のほうに目を向ける。

 制服姿なのはいつもと変わらない。


 しかし今日はその背中にギターを背負っている。

 そして極めつけはおさげ風にしているが間違いなくツインテールだ。


 彼女がツインテールにしているところなど、これまで見たことがなかった。

 だから衝撃が大きかった。


 いつもの大人びた雰囲気ではなくどことなく子供っぽい雰囲気すら感じさせる。

 人とは上方だけでこれほどまでに印象が変わるのか。


 だがそんな彼女もまたいい。

 つまるところ今日も俺の推し、彼女はかわいかった。


「はあー、緊張する」


「君なら大丈夫だよ」


「そうはいってもねえ」


 そう言わずもがな、今日は文化祭当日だ。

 つまり彼女のバンド演奏の本番の日ということでもある。


 大丈夫という言葉は適当に彼女を励ますために言っているわけではない。

 夏休みの間、それよりも前から彼女が練習しているところを何度も見てきた。

 見てきたからこそ言えるのだ。大丈夫と。


「本当に持ってきたの?」


「当然だ。了承はもらったからな。持ってこないはずがない」


 俺は彼女の視線の先にあるカバンから一眼レフを取りだす。

 それは中学の時の体育祭の時に使っていたものと同じものだった。


「まさか本当に持ってくるとは思わないじゃない。それにしても思ったよりきれいだね」


「時たま使っているからな」


 彼女を使うためではないが、たまに風景を撮ったりと使ってはいるのだ。

 使っている数のほうが圧倒的に少ないが。


「えー、誘われてない」


「じゃあ今度一緒に行こう」


「やった。……エネルギー足りない。補充しなきゃ」


 そういって彼女はおもむろに俺の手を握ってくる。

 もちろん俺も抵抗することはない。


「午前中は一緒に回れるのか?」


「うん。リハーサルは午後前くらいだからそれくらいまでは一緒に入れる。ご飯は一緒に食べられないかもだけど」


「そうか」


「どこか行きたいところでもあるの?」


「お化け屋敷」


「……やだ」


「苦手なのか?」


「いや、そんなことありませんけど?」


「じゃあ行こう」


「……絶対わかってて言ってるでしょ!」


「新しい君が見れるかもしれない。いかないわけにはいかないだろう」


「なんか悠くん、どんどん意地悪になっている気がする」


 そんなことはない。

 前よりも素直になっただけといってほしいものだ。

 俺が彼女に意地悪をするはずがない。


「その勝ち誇ったような顔が何よりも物語ってるのよー」


 歩きながら頬をつねろうとしてくる彼女の手を必死によける。

 そんなことをしながら学校に向かっているとあっという間についてしまった。

 文化祭が、はじまった。



「いーーやーー!!」


「そんな大胆に抱き着いてくるな。さすがに俺も恥ずかしい」


「だってーー!」


「うーらーやーまーしー」


「きゃーーー!」


 今のはただの嫉妬ではないだろうか。

 うらめしやの発音で、カップルに対する妬みが漏れ出てきただけではないだろうか。

 それもある意味怨念ではあるから、ホラーではあるのか。


 彼女を何とか説得してお化け屋敷に入ると、そこからは絶叫祭りだった。

 確かにクラスの出し物としてのお化け屋敷としてはとてもよく出てきている。


 俺ももしかしたら驚いていたかもしれない。彼女が全力で俺に抱き着いてこなければ。


 ここでのどがつぶれてしまわないか、とても心配だ。

 こんなに叫ぶのなら、バンド演奏の後に来ればよかった。


「そーのーばーしょーかーわーれー」


「でたー!!」


 やっぱりさっきから言葉のレパートリーがおかしいと思うのは俺だけだろうか。

 結局出口を出てもしばらく彼女は俺の腕にしがみついたままだった。



「学生のクオリティだから本物のお化け屋敷より怖くないっていうから行ったのにー」


「予想外だったな」


「本物のお化け屋敷には絶対行かない」


「本物は俺も勘弁だな」


 本物の幽霊など俺ももちろん見たくない。

 テーマパークにあるお化け屋敷よりも怖くないはずだといったのは確かに本当だ。


 ただ俺自身遊園地にあるお化け屋敷に入ったことがないし、こんなに本格的だとは思わなかった。


 彼女には悪いことをしたかもしれないが、それでもやっぱり一緒にお化け屋敷を回れてよかった。



 お化け屋敷の影響でしばらく機嫌を損ねていた彼女だったが、いろいろと回っている間にいつの間にか機嫌はいつの間にか直っていた。

 そういう感じで過ごしているとあっという間に午前の時間など過ぎて行ってしまう。


「そろそろか?」


「そだね。もっと一緒にいたいなあ」


「後半も一緒に回れるさ」


「そうなんだけどねえ」


 時間が近づけば近づくほどやはり彼女の表情は硬くなっているようだった。

 やはりいくら俺が大丈夫だといったところで、どうしたって緊張はしてしまうものなんだろう。


「じゃあ行ってくるね」


「ああ、写真は任せてくれ」


 カメラを構える俺の様子を見てほほ笑むと、名残惜しそうにしながらも自分のギターを背負い、俺から離れていく。


「葵!」


 少し彼女と離れたところで声をかける。

 葵が驚いたようにこちらに振り返った。


「期待してるぞ」


「……ありがと。気合入った」


 表情はまだ硬かった。

 しかし先ほどまでとは違い彼女の顔には自信が表れていた。

 少しは力になれただろうか。

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