三十一、推しを守るための行動
翌日、俺はさっそく行動に出ることにした。
五十嵐琢也の行動を監視することにしたのだ。
これにもちゃんとした理由はある。
推桐葵は突然俺に帰り一緒に帰らないかと提案してきた。
もちろん彼女が俺のことを好いていたという部分もあったのだろうが、それを抜きにしても彼女の突然の提案には多少違和感があった。
そして最近クマがひどい彼女。
それに加えて、この間の彼と彼女のやり取り。
俺への好意を抜きにして考えてみればすぐに答えは出た。
カノジョのいった付きまといというのは、比喩的な意味ではなく実際に被害にあっているのだろう。
最初はチャットで粘着されているだけかと思ったが、もしかしたら帰り道もつけられているのかもしれない。
そう考えた俺は彼の行動を監視することにしたのだ。
学校にいる間は彼とはクラスも違うし、帰りのホームルームまでは携帯を触れないからか特段おかしな様子を見せることはなかった。
しかし問題は放課後に起きた。
彼女が歩く少し後ろをついて行くように歩いている五十嵐琢也。
そしてその後ろを俺もばれないように、ある程度の距離を置きながらついて行く。
最初は帰り道が同じなだけかと思った。
しかし彼の挙動は明らかにおかしい。
時折何かを確認するかのように周りを確認し、そしてすぐに彼女が向かう方向に目を向けながら、その手にはスマホを握りしめていた。
そして彼女の姿が消えると途端に早足になるのだ。
それはやけに慣れている行動のようにも見えた。
そして彼女が自分の家に入ると、彼は彼女の家の前を一度素通りしてその後数分してまた戻ってくるのだ。
そしてちょうど彼女の家の前にある小さな公園に入ると、推桐葵の家が見える範囲のベンチに腰掛け、時折彼女の家の方に視線を向けながら、ひたすらにスマホで何かを打っている。
三日ほど彼の行動を見てきて、俺は確信した。
あれは彼女の家の前に張り付き、スマホを触っているのは彼女へ何かしらのメッセージを送っているのだろう。
その内容については想像もしたくない。
予想以上に悪質な行動に出ていた彼に嫌悪感すら覚えるが、俺も何かしらの行動をとらなければならない。
彼の行動を防げるかもしれない策が一つだけある。
メッセージに関しては現状どうしようもできないし、俺が考えていることも荒業ではあるが、何かの防衛にはなるかもしれない。
直接彼に俺が抗議するのは逆効果になってしまうかもしれない。
まず放課後になると俺は彼よりも先に、いつも居座っている公園に向かうことにした。
そして彼の定位置であるベンチを陣取る。
そこからはひたすらに座り続けるだけだ。
一日目は確かに誰かに見られている気配があった。
しかし俺はあえてそちらを見ないようにした。
そしてその日彼の姿を見ることはなかった。
いつ五十嵐琢也がこの公園に現れるのか、いつまで外にいるのか分からないため、俺はそのベンチに深夜までいることとなった。
こういう時、一本連絡を入れておけば帰りが遅くなっても怒らない家の緩いルールに感謝だ。
そして三日が経過してきたころ、彼の行動に変化が現れた。
推桐葵の帰宅をつけなくなったのだ。
むしろ放課後になるとすぐに彼女の帰宅方向とは逆の方向へと向かう。
もしかしたら諦めて付きまとうことをやめたのかもしれない。
そう考えもしたが、俺の油断を誘うための行動の可能性もあったため、俺は相変わらず深夜までの公園での居座りを敢行し続けた。
正直これでは俺までストーカー扱いされてもおかしくない。
「ねえ」
行動を開始してから一週間ほどが経過したくらいの朝、推桐葵が俺の席の前にやってきて話しかけてきた。
「最近、何かしてる?」
ひどくあいまいな質問。
それにしても彼女とこうして朝話すのはいつぶりだろうか。
ずいぶんと久しぶりに感じる。
「……なんのことだ?」
「最近……つけられている気配がなくなったの。だから、もしかして君が何かしてるのかなって」
確かによく見ると以前よりも彼女の眼の下のクマは目立たなくなっている。
どことなく漂っていた気だるそうな雰囲気も今は全く見えない。
俺がしている行動は多少なりとも効果があったのだろうか。
しかし俺が今していることでメッセージまでなくなるとは思えない。
「いや、特には」
今していることは俺が勝手にしていることだ。
得意げに彼女に話すようなことでもない。
そう思い、今していることを彼女に話すことはしなかった。
「……そっか」
彼女は煮え切らない表情を見せながらも、そう返すと自分の席へと戻るのか俺から背を向けた。
しかしすぐにまた振り返り、俺の顔をじっと見つめてくる。
「どうした?」
「……寝れてないの?」
確かに最近は深夜まで外にいるからか、帰って必要なことをして寝付くまでに時間がかかっている。
というか一日寝ずに学校に来ている時もある。
これも必要な負担だと思っているから苦にはなっていないが。
彼女に何か気づかれたのだろうか?
「クマ、すごいよ」
「ああ……。大丈夫だ」
「……そ」
彼女は簡素に返事をすると今度こそ俺に背を向けて自分の席へと戻っていった。
クマか。
自分の容姿をまったく気にしていなかった。
彼女に心配をかけないためにも少しは気にするべきだろうか。
自分の顔を自分の手で揉みながら考える。
それは必死に自分の頬が緩まないようにするためでもあった。
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