三十、 推し同好会追放会議

「ではこれより第90回推し同好会会議を始める」


 俺の感情が部屋の中にまで充満しているのか、いつもの会議は重苦しい空気に包まれていた。

 同志にも俺の状態を感づかれてしまったのかもしれない。


 本当は今週の同好会会議は欠席するつもりだった。

 とてもではないが、今推桐葵のことを話そうものならろくなことを言いそうになかったからだ。


 それでも昨日の屋上前の踊り場での話を聞いて、出席すべきだと思った。


「今日話すべき議題はただ一つだ」


「一つ……」


 同志たちが同時に息を吞む。

 俺も目を閉じ、自分の頭の中を整理するように深く深呼吸をする。


「今日皆に伝えたい内容は、追報案だ」


 続けた言葉に部屋の中にどよめきが広がった。


「追放者は、一草悠。俺自身だ」


「え?」 


 ざわめきから困惑へと周りの者たちはその表情を変える。

 ここ数日考えていたことだった。


 俺は今この場にいてもいいのかと。しかも会長、部長という立場でだ。

 そして昨日彼女が話していたことで決意が固まった。

 俺は今ここにいるべき人間ではない。


「あの、会長。理由を聞かせていただいても?」


「俺は10年間彼女を推してきた。その気持ちに嘘偽りは一切ない」


「ええ」


「だが最近は、分からなくなっている。俺が彼女をどういう感情で見ているのか。胸を張って、自信をもって、彼女を全力で推しているとは言えないんだ」


 彼女を見ると以前まで感じることのなかった胸のざわめきを感じるようになった。

 昨日のように内容がどんなものであれ、彼女と話す機会があると胸が湧きだつようになった。


 そんな自分の変化を受けて、俺は本当に彼女のファンなのかわからなくなってしまった。


「君たちは五十嵐君を覚えているだろうか」


「ああ、あの……」


「覚えてますね」


「俺は彼女に迷惑がかからないよう、彼の行き過ぎた行動を罰するべく、彼を追放処分にした。しかし結果それだけでは彼の粘着行為は収まらなかった。むしろよりエスカレートする結果となってしまった。それは俺の判断ミスにより招いた結果だ」


 自分の気持ちに整理をつけるため、先週から考えていたことだったが、昨日の出来事を受けてそれだけが理由ではなくなった。


 彼を追放した結果、彼女に迷惑をかけてしまう形となってしまった。

 それならば決を取った自分が、責任を取るべきである。


「では決を取ろう。一草悠を追放を賛成する者は挙手を」


 俺は静かに手を挙げる。

 しかし手を挙げているのはいくら見渡しても俺しかいなかった。


「皆、事態を把握しているか?」


「もちろん」


「それなりには……」


「それならばなぜ」


「会長、一ついいでしょうか」 


 同志の一人が手を挙げる。

 しかしそれは投票のための挙手ではなく、意見を述べるための挙手だった。

 俺は静かに促し、手を挙げた彼に続きを促す。


「会長はなぜ追放される必要があるのでしょうか」


「それは……俺はもう彼女を推しとして見ることができないかもしれない。それなら俺はここにいる資格は……」


「会長、我々の信念はただ一つです」


「そうですよ」


「ガチ恋することの何が悪いんですか!」


 同志がそろって声を上げる。

 ガチ恋……恋?

 俺のこの感情は恋なのだろうか。


「恋をしてでも推すことはできます。ファンであることは可能です」


「我々の信念はただ一つ。『推しに迷惑をかけない』それが破られているとは思いません。よって、追放は必要ないかと」


 発言している間ずっと手を挙げていた同志は、口を閉じると静かにその手を下げた。

 しかし俺自身の心中は全く穏やかではない。


 推しに、推桐葵に迷惑をかけない。

 それは確かに我々の信念だ。

 今の俺は、彼女に迷惑をかけていないと言えるのだろうか。


「しかし、俺は五十嵐君を追放し、その結果彼の行動はエスカレートした」


「それは五十嵐琢也の問題であり責任で、会長が責任を感じることはありません。もちろんなんとかはするべきですが」


 いいのだろうか、俺は同志の優しさを受け入れてしまって。

 優しさに甘んじてしまっていいのだろうか。


「あのお、いいですか?」


 別の同志が恐る恐るといった様子で手を挙げる。

 場の空気におびえてしまっているのかもしれない。

 彼の方に目を向けると、彼は周りをきょろきょろと見ながら口を開いた。


「あの、いまいち状況が読めないんですけど、会長は推桐葵さんと付き合っていたのではないですか?」


 彼から飛び出した疑問は全く予想だにしていないものだった。

 しかし動揺しているのは俺だけのようで、周りの同志たちは頷くものやため息をつくものばかりで落ち着き払っていた。


「どういうことだ? 俺はそんなことは一言も……」


「でもデートをしたり家に行ったりしてるって言ってたから……」


「一緒に下校しているところを確認している人もいますね」


「それはすべて本番に向けた予習であって、決してデートではない」


「あ、それも方便かと思ってました。デートの予習って聞いたことないですし」


「予習とはいえ、その内容を聞いていると普通のデートですしね」


 皆が一様にうなずいている。

 本気でデートではないと思っていたのは、彼女や同志を含めても俺だけだったということか?


 彼女はうそをついていたから最初からデートのつもりで来ていたわけだし、報告を受けた同志たちもその内容を聞いてデートだと思っていたということか。


「わかりましたか、会長。今さら会長が我らが推しを好きになって、仮に付き合ったとしても、我々が会長を見る目は何も変わらないということですよ」


「むしろ大歓迎ですよ」


「彼女のレアな話がたくさん聞ける機会が増えるかもしれないということだし」


「そういうことです」


 どこまでも我らが同志は優しさに満ちていた。

 ……今は、この優しさに甘んじることにしよう。


「皆ありがとう」


「お礼を言われることは何も」


「推しのことを第一に考えた結果ですから」


 素直に礼を言うと、全員が照れくさそうに俺から顔をそむけてしまった。

 尊敬すべき同志たちに甘んじることにしたが、残されている問題もある。


「五十嵐琢也の件は、俺ができることはやろうと思っている」


「しかし……」


「俺に責任はないと君たちは言ってくれたが、やはり多少なりとも俺には責任はある。まあ俺なりのけじめだと思って、俺を信じてくれないだろうか」


「……はい、わかりました」


「まあどうしようもなくなったら同志たちに頼ることがあるだろうが、そのときは……」


「任せてください」


 同志の力強いまなざしを一心に受け、俺自身にも気合が入る。

 俺が彼女のために、こんな状態の俺を受け入れてくれた同志たちに少しでもできることを。


 それならば多少の無茶はやむを得ない。

 俺の心はここ最近では一番すっきりとしていた。



 

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