二十九、無気力の中に芽生える決意
嬉しさ、憤り、悲しみ、不快感、あの日から数日が経って、この世に存在するすべての感情が自分の中で渦巻いているような、そんな感覚に襲われていた。
もちろん感情の矛先は全て自分自身に向けてである。
彼女に告白されたという事実にどうしようもない喜びを感じ、そして喜びなんてものを感じていることに対して憤りを覚える。
当然あの日以降推桐葵から朝や学校終了後も、話しかけられることはなくなった。
こちらから話しかけるなど、どの面を下げて彼女のもとに行けばいいのか、わかるはずもなく、それもできるはずがなかった。
そのことを悲しいと寂しいと感じ、そういった感情が沸き上がる自分に驚く。
自分が思っていた以上に、最近の彼女と話すという新しい日常に俺は慣れていてそれが当たり前だと思っていたということだ。
そしてそんな自分に不快感を覚える。
あまりにも感情が激しく揺れ動くと、逆に何か周りで起こったとしても反応が鈍くなる。
ここ最近は無気力にも近い日々を送っていた。
しかしそんな無気力状態でも自分の変化に気づくことはある。
気づけば彼女の姿を目で追うようになっていたのだ。
以前も多少目を向けることはあったが今ほどではない。
彼女が動くたびにそちらに視線が行き、こちらに来るのはないかと期待をしている自分がいる。
当然こちらには来ずに友達のところへと向かい、笑顔で談笑している彼女を見てイラつきにも似た複雑な気持ちになる。
なぜ彼女が談笑しているだけでイラつくのか、彼女が立ち上がるたびにこちらに来るのではないかと期待してしまうのか、それがなぜか何度も何度も繰り返して考えてみるが、一向に答えは出ない。
そして気づけばまた彼女を見ている。
彼女と時たま目が合うと勘違いしてしまうのも、いくら考えないようにしようと思っていても、自分がどこかで期待をしているからだろうか。
彼女は以前にもましてクマが濃くなっているように見える。
やはりまだ寝不足なのだろうか。
あの日も映画を見ている途中に寝てしまっていた。
もしかしたらいまだ万全の体調ではないのかもしれない。
こうして最近の出来事を思い返すと、必ず彼女の姿がある。
もちろんこれまでだっていろいろな彼女のことを覚えている。
しかしそれは表面的に見えている推桐葵の姿であって、彼女の素のような部分は最近になって初めて見えてきていた部分だったかもしれなかった。
「このままではだめだ」
思わず口に出してしまうほど、今の自分の状態が異常だということを自覚する。
気づけば彼女のことを考えていて、今まで推しのことを考えるたびに楽しく心が満たされる感覚しかなかったのに、今では推桐葵のことを考え、彼女の姿が目に入ると胸がざわつき、あまつさえ泣きそうにすらなってくるときがある。
こんな状態で平常な日常生活が送れるはずがない。
今日も気づけば授業が終わり放課後になってしまっていた。
俺は席を立ち、屋上へと向かって歩を進める。
教室内にすでに彼女の姿はないようだった。
なぜ屋上に向かおうと思ったのか、理由はよくわからなかった。
もしかしたらすべての始まりである屋上に向かえば、自分の中のぐちゃぐちゃな心の中の感情に、何か答えが出るのではないか、整理がつくのではないか。
そんなことを考えていたのかもしれない。
重い足取りで階段を登る。
あの時はなぜ屋上に行ったんだったか。その理由も今は思い出せない。
「いい加減付きまとわないでほしいって言ってるの」
屋上前の踊り場にもうすぐたどり着くという時、彼女の声が耳に飛び込んできて思わず階段を登る足を止めた。
そしてその言葉の内容に思わず心臓が跳ね上がる。
俺としてはストーカー行為をしているつもりはなかったが、もしかして彼女からするとストーキングされていると感じられていたのだろうか。
そう考え始めると、足を動かすことも言葉を発することもできずその場で固まることしかできなかった。
「でも、僕は、君は思って!」
どうやら彼女一人ではなかったらしい。
そしてさっきの発言も俺に向けたものではなく、今返事をした男に向けたもののようだった。
彼女が見せた悪感情が自分に対してのものではないというだけで、ひどく安心感を覚える。
そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、ついつい踊り場の方へ耳を傾けてしまう。
「それが迷惑だって言ってるの。私は別に君に思われたいなんて一回も言ったことないでしょ」
「でもメッセージだって交換してくれたじゃないか!」
「それは君があまりにもしつこいからでしょ」
彼女はどうやら誰かともめているようだ。
相手の声も聞いたことがあるような気がするが、思い出せない。
「僕は、あいつよりもイケメンだ。それでもだめなのか? それに君はあいつと別れたんだろ?」
「……そもそも付き合ってないから」
「それならなおさら!」
「五十嵐君だっけ? 私は外見だけで彼を好きになったわけじゃない。それに私に好きな人がいるっていうのが分かっているなら、どうしてそれでもなおさら付きまとってくるわけ?」
「僕は君が喜ぶと思って」
「迷惑だって言ってるでしょ。時間も考えずに毎秒毎秒チャットを送ってきて、それが迷惑だってことがどうしてわからないの」
五十嵐……それは以前まで我々の同志だった者の名だ。
彼女への粘着行為をしているとは知っていたが、それをやめるように言い、彼を追放した。
しかし今の話を聞く限り、あれ以降もストーカー行為を行っていたということだ。
「とにかく、迷惑だからもうやめて。話はそれだけ」
「そんな……そんな……」
階段を下りる足音が聞こえてくる。
とっさの判断ができず、それに距離も近かったこともあり思いっきり階段を下りてきた彼女と目が合ってしまった。
「これは別に盗み聞きしようとしたわけではなくて……」
「……いいよ、別に」
俺を一瞥した彼女はすれ違いざまに一言だけ呟くと、そのままこちらに顔を向けることなく階段を下りて行ってしまった。
彼女が去って数分経ち、俺も階段を下りる。
「くそ……」
彼の憎しみにも似た感情が込められていることがはっきりとわかる声が背後から聞こえてきた。
その声を聞き、一つの決意が俺の中で芽生えた。
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