二十七、推しよ、それはどういう意味か
「あんまり面白くないね」
「あえて言わなかったのに」
「正直であることが大事なのよ」
テレビをボーっと眺めながら頬杖をついている我が推しはそれっぽいことを言っている。
だがその表情は無表情で何の感情も現れていなかった。
カンフー映画を流し始めてからすでに一時間ほど経過していたが、未だにストーリーの進展はなかった。
途中母も部屋に入ってきて、少しだけ一緒に見ていたのだがすぐにつまらなくなったのか「青春ねぇ」とか言いながら、部屋を出て行った。
まずそもそもこの映画、ストーリーがあるのかどうかすら怪しい。
というのも最初から謎の老人が一人で大きな屋敷の庭で、ひたすらカンフーっぽい動きを繰り返しているだけなのだ。
一時間を経過しても老人の動きに衰えはない。
それだけ見れば強靭な肉体を持つ老人だと感心することもできるのだが、これが映画館で放映されていたことを考えると実にシュールだ。
そして一時間も似たような動きを繰り返されるとさすがに飽きてくる。
カンフーに心得があれば、また別の見方ができたのかもしれないが、カンフーのことを何も知らない俺や彼女にとっては、全く意味の分からないものになっていた。
「私たちはもしかしたら映画を選ぶセンスがないのかもしれないね」
「俺もか?」
「『撃退シリーズ』という名のダイレクトマーケティング洗脳映像を選ぶ時点でセンスないでしょ」
確かにこの間見に行った映画も当たり化外れかといえば、外れの部類に入るだろう。
彼女の言う通り、映画選びのセンスはないのかもしれない。
「そういえばさ、ゲームセンターにこういう動きするやつあったよね」
「……あったか?」
そして話は映画の内容から派生して全く関係ないものになっていく。
映画館では当然映画の上映中に話すことなどできないが、家で見ている場合はまた別だ。
むしろ家で見る時の醍醐味といえば、話しながら見ることができる部分かもしれない。
「あったよ。画面に出てくるポーズと同じポーズをとるやつ」
「……ああ。あれはカンフー関係ない気がするが」
「確かにねえ。バク転してる人とかいたよ」
「それはもはやゲームの域を超えてるな」
もはやカンフー映画のBGMをバックにただの日常会話になっていた。
しかし映画を見るよりもこうして推しと話している時間の方が楽しいから、仕方ないのかもしれないが。
「私一度はやってみたいんだよね。今度行かない?」
「別に構わないが……ん?」
そんな彼女の何気ない一言に違和感を覚える。
あまりにもスムーズな誘いすぎて、了承してしまったがいいのだろうか。
「それにさ、カラオケとか、あとはプールとか。私今まで全力ではしゃいだことって少ないんだよね」
「……ああ」
「だからさ、一緒に行こうよ」
やはり何かおかしい。
「ちょっと待ってくれ」
「ん?」
彼女は気づいていないのか首をかしげながらきょとんとした表情で、こちらを見てくる。
しかし彼女の言っていることは先ほどからおかしかった。
「君は一体誰と行くつもりなんだ?」
「え? 今この部屋には君と私しかいないんだよ? 悠くんに話しかけてるつもりだったけど」
「それじゃ手段と目的が逆になってしまうんじゃないのか?」
「んん? どういうこと?」
彼女は理解していないようだが、俺を誘っているのであればおかしな話だ。
水族館に行ったのも映画に一緒に行ったのも、今こうして俺の家に彼女がいるのもちゃんと目的があってのことだ。
それなのに目的もなくそういうことをするとなると話が変わってくる。
「君とはデートの予習を目的に、今まで水族館に行ったりしていたはずだ。それなのにそういう目的もなく、遊びに行くとなると話が変わるんじゃないだろうか」
「……目的がないと誘っちゃダメなの?」
「そういうわけではないが、君はそれでいいのかという意味だ」
「だめだったら誘わないでしょ……」
彼女の声色が変わり、表情もどんどん暗くなっているが、ここで話をやめるわけにはいかなかった。
「せっかくここまでその意中の相手とやらと交流を重ねてきて、積み重ねてきたものが下手に勘違いされたらすべて無駄になるのかもしれないんだぞ?」
「…………」
「俺なんかのせいで君がそんなことになったりしたら、俺は俺自身を許すことができない。よく考えるべきだ」
「…………はあ。どうしてわかんないのかな」
長い沈黙の後に返ってきたのは、深いため息を諦めにも似た声だった。
彼女が何を考えているのか俺には全くわからなかった。
「……もういっか。あのね、よく聞いてほしいんだけど」
そして彼女は何かを決心したかのように勢いよく顔をあげると、姿勢を正しこちらをまっすぐと見つめてくる。
俺も思わず正座をして姿勢を正してしまうほどに、彼女の顔は真剣そのものだった。
「全部嘘なの。デートに誘われた話」
「……ん?」
「聞こえなかった? 全部嘘」
「いや聞こえてはいる」
彼女が俺に向かって投げかけてきた言葉を、俺が一言一句逃すはずがない。
だがあまりにも唐突な発言に理解が追い付かず、頭がフリーズしてしまっているようだった。
「男の子に告白されたのはほんと。でも私それはすぐに断ったの」
「…………」
「だから水族館デートに誘われたとか、お家デートに誘われたとかって言うのは全部嘘」
「……映画は?」
「それは悠くんが勝手に勘違いしただけでしょ?」
「いや、でも……どうして?」
彼女の言っていることはようやく頭にゆっくりとしみこんでいくように理解できた。
しかし理解すると同時に、なぜ彼女がそういうことをするのかが理解できなかった。
「……はあ。ここまで言ってもわかんないのか」
「頼む。説明をしてくれ。どうして……そんなことを?」
「そんなの決まってるじゃない……」
彼女はまたうつむいてしまう。
しかし俺はいま彼女が言ったことを考えることに必死だった。
決まっているといわれてもその理由が分からない。
また頭がショートしかけている時に推桐葵が頭を勢い良く振り上げ、俺と目が合う。
「君のことが好きだからに決まってるでしょ」
言い放った彼女の朱に染まった顔がやけに印象的で、その顔を見つめることしかできなかった。
俺の頭はフリーズした。
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