二十四、推しとの思いで
駄菓子屋といっても古びた家屋ではなく、しっかりとしたどちらかというとコンビニに近い建物だ。
確か俺が中学に上がったタイミングくらいで改装したんだったと思う。
しかし店内で営んでいるのは40か50代くらいのおばちゃん一人だ。
よくおじさんたちのたまり場になっているのを思い出す。
「あらいらっしゃい」
そんなことを考えながら店内に入ると、今日はおじさんたちはいなかったようでカウンターに座ったおばちゃんが迎えてくれた。
本当にこのおばちゃんは年を取っていないのか、昔見た姿から一切変わっていないようにすら見える。
「へえ、本当に懐かしい」
彼女はすでに店の奥に進んでお菓子やアイスを眺めている。
ラインナップも昔から変わっていないようで、十円菓子や百円以下のアイスが並んでいる。
昔は少ない小遣いで友達の家に何を持っていくかよく考えたものだ。
「確かに懐かしいな」
「ねー」
しばらく二人で店内を回る。
店の一角にはカードゲームのパック売り場もある。
最初は置かれていなかったが、男子がカードゲームにはまって少し遠いスーパーにパックを買いに行っていたころ、わざわざ仕入れてくれたんだったけか。
買ってすぐに店内でパックを開封して、交換してくれとねだっているやつもいたな。
「そういえば」
「んー?」
「小学2年の時だったか。珍しく俺と君が遊ぶ機会があって、その時その時もここに来たな」
「あったねー、そんなことも」
小学校時代、俺はすでに彼女の存在に気づいていて、この感情が分からず戸惑っていたものだが、彼女から俺は認識されていないと思っていた。
そんなときに何が理由だったかは忘れたが、確か夏休みの自由研究を一緒にやるとかだったと思うが、彼女と二人で休日に遊ぶことになった。
その時もこの店に来ていたことをふと思い出したのだ。
「君が買ったソフトクリームを道中で落としてしまって、確か君は大泣きしていたな」
「……あったけ。そんなこと」
「意外だったな。いつも凛としている君があんなに大泣きしているところは、後にも先にもあれだけだったな」
「……そう。イメージと違って幻滅した?」
「どうだったかな。その時の感情は覚えてないが、多分うれしかったと思う」
「どうして?」
「推しの知らない一面を見れたわけだからな。うれしくないわけがない」
「……バカね」
確かに当時の感覚はさすがに覚えていないが、仮にいま彼女が大泣きしたとしても……多少焦るかもしれないが、それでもうれしいと思ってしまうかもしれない。
まあ泣いている内容によるのだろうが。
「せっかくだし買っていくか。ソフトクリーム」
「ソフトクリームだけじゃなくて、いろいろ買おうよ」
彼女からのその提案で俺たちはあの頃は買えなかったちょっと高いお菓子や、懐かしいよく食べていた駄菓子を大量に購入して店を出た。
店を出るときにおばちゃんは微笑ましそうに見送ってくれたのがどこか気恥ずかしかった。
もしかしたら昔できなかった夢をかなえてる気分だったのが、おばちゃんにはばれていたのかもしれない。
隣で目を細めながらソフトクリームを舐めている彼女も、きっと同じ気持ちだったのだろう。
「いよいよね」
「別に俺の家は戦場じゃないから、そんなに身構えなくていいぞ」
「わかってるけど……」
家の前につき一度足を止めると、先ほどまで和やかな笑顔でソフトクリームを頬張っていた彼女が、真剣な顔つきに変わる。
その体はどこか強張っているようにも見えた。
「自然体でいいから」
「そうは言われてもね……」
「じゃ、入るぞ」
「あ、まだ心の準備が!」
「ただいまー」
彼女の様子を見ていたら、いつまでたっても家の中に入れそうになかったので、問答無用で玄関の扉を開ける。
するとすぐにリビングの方から足音が聞こえてきて、母が出迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい」
「今日はお邪魔します」
さっきまでの緊張している様子だった彼女はどこに行ったのか、背筋を伸ばした推桐葵は、柔らかな笑みを携えて母に向かって会釈をしていた。
その変化に多少驚きはしたものの、学校でよく見るような彼女のそんな姿もやはり美しかった。
「これお邪魔するからと思って、お土産を買ってきました。よかったら受け取ってください」
「あらあらご丁寧にどうも。そんなの気にしなくていいのに」
どこから出したのか少し高そうな菓子折りを出した彼女と母がそのまま談笑を続けている。
「でもまさか家に来てくれるなんてねえ。昔から可愛いとは思ってたけど、より可愛くなって」
「彼女のこと知ってるのか?」
「もちろんよ。昔はよくあんたにくっついて一緒にいたじゃない。ねー?」
「……そうでしたっけ?」
会話を聞いたり、時折参加している感じすでに彼女は母と打ち解けているような気がした。
しかし昔はくっついていたって、母はだれかと勘違いしていないだろうか?
「ほらあんたも葵ちゃんに見とれてないで、自分の部屋に案内しなさい」
「あ、ああ。俺の部屋は二階だから、ついてきてくれ」
「お邪魔します」
「どうぞどうぞー」
そんなやり取りを尻目に俺は玄関を上がり自分の部屋へと向かう。
後ろから彼女がついてきている気配があった。
「そうだ、母さん。すまないけどよろしく頼むよ」
以前お願いしていた一時間に一回の訪問を母に念を入れるようにしてお願いする。
少しぽかんとしていた母だったが、すぐに理解、というか思い出してくれたのか首をかしげていた。
「そんなことする必要ないと思うけどねえ」
「母さん」
「はいはい。まったく、親に定期的に自分の部屋に来てくれなんて頼む子供、聞いたことないわよ」
文句を言いながらリビングに戻っていく母の様子に不安を感じながらも、俺たちも自室へと向かうことにした。
「母はあんな感じでいつもお気楽なんだ。すまないな」
「う、ううん。いいお母さんだと思うよ」
そんな彼女の返答はさっきまでとは打って変わり、少し震えていて緊張しているようだった。
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