二十三、推しとの待ち合わせに遅刻など許されるはずもない

「こんにちは」


「む。遅れたか。すまない」


 お家デートの予習当日、待ち合わせ場所に向かうとすでに彼女は到着していた。

 予定の時刻よりも15分ほど早く着いたからまだ余裕があると思っていたが、まさか彼女の方が早かったとは。


「別に遅れてないよ。この間は君の方が早かったでしょ。だからその仕返し」


「仕返し……?」


 あの時も意図して彼女より早く着こうとしていたわけではないから、仕返しの意味がよくわからなかったが、今日もなんだか楽しそうだからよしとするか。


「それでどう? 今日の私は」


 少し照れているのか頬を赤くしながら、彼女は目の前でくるりと一回転して見せる。

 そういわれて、俺も改めて視線を彼女の私服に向ける。


 以前とは違い藍色のワンピースにニットのカーディガンという実に涼し気な格好をしている。


 確かに夏に向けて少しずつ暑くはなってきているし、季節に合っているのかもしれない。


「君はニットが好きなんだな」


「……何よその感想は。確かに好きだけど」


 何がお気に召さなかったのか彼女は顔をそむけてしまうと、歩き始めてしまった。

 しかし前もニットの服だったし、今日もクリーム色のニットのカーディガンを羽織っている。

 そういう結論に至っても何らおかしくはないと思うのだが。


「あ、もちろん似合っているしすごく可愛い」


「そんな取ってつけたような感想はいりませーん」


「君が可愛いというのは当然のことだから、伝えるのを忘れてしまうんだ。悪意があったわけではない」


「知ってまーす」


 本当にわかっているのか分かっていないのか、怒っているのか彼女の気持ちを体現しているかのように、結っている髪が左右に揺れていた。


 そんな彼女に弁解しながら目的地へと向かうことになった。

 ちなみに今日の彼女の髪型もハーフアップだった。



「ねえ、ほんとにそれにするの? もっとさ、こういうアクション映画とか海外ドラマにしない?」


「今日は勉強をするからな」


 今俺はレンタルショップの中で手に持っているDVDのことで意見の食い違いが発生していた。


「だって意味わかんないでしょ。家で見る映画が『撃退シリーズ』って」


「今日は君が本番の時に万が一にも襲われたときに対処できる方法を、できる限り伝授するつもりだ。そういう時は素人が話すんじゃなくて、プロに任せた方がいい」


「だとしても『必殺! 痴漢の撃退! 』とか『滅殺! 強姦魔に襲われたときはこうしろ!』とかちょっと趣旨が変わってこない?」


「何が役立つか分からないからな」


 ネットで調べたら女性の防御の方法で学ぶのであればこの『撃退シリーズ』が一番効果的だと書いてあった。

 だから今日はそれを借りに来たのだ。


 以前彼女にお家デートで何をすることを想定しているのか尋ねたところ、映画鑑賞と返ってきた。


 だから今こうしてレンタルショップに来ているわけだが、普通に映画を見るわけにはいかなかった。


「ねえねえ、この映画は?」


 そうしてこの『撃退シリーズ』を選んでいるわけなのだが、さっきからそれに抵抗するかのように推桐葵は、自分が見たい映画を手に俺のもとへとやってくる。


「それは本番の時にとっておけ」


「そういって、もう10本目だよ? いくら時間あっても一日じゃ見れないでしょ」


 そして彼女が持ってくるたびに俺はそれを受け取り、元の場所へと返す。

 そのたびに不満そうに頬を膨らませる彼女には申し訳ないと思うが、ここは心を鬼にするしかない。


「ねえねえこれは?」


「君はまたそうやって……カンフー映画か。それはありかもしれないな」


「よし!」


 映画を見たくらいでカンフーが覚えられるとはもちろん思っていないが、もしかしたら自分が危機になったときに記憶の片隅に残っていて、思い出すことはあるかもしれない。


 そう考えてオッケーすると、なぜか彼女は大きく嬉しそうにガッツポーズしていた。


「わかっているか? これもあくまで」


「勉強のためでしょ。はいはい、わかってます」


「それならいいが……」


「全く私のことを考えてるのか考えてないのか……」


 結局彼女の方が折れて『撃退シリーズ』四本とカンフー映画一本を借りることになった。


「ねえ、これほんとに今日一日で見れる量なの?」


「『撃退シリーズ』は一本が短いから大丈夫じゃないか?」


「ほんとかなー」


 そういいながら彼女は手に持ったレンタルショップの袋を揺らしている。

 店員から受け取った時点で彼女が先に手を伸ばしてしまい、俺が持つといったのだが、なぜかずっと彼女が持ち続けている。


 そうして俺の家へと続く道を歩いているわけだが、駄菓子屋の前まで来た時に彼女が足を止めた。


「どうした」


「懐かしいなあと思って」


「確かに」


 小学生の頃はよく来ていたような気がする。

 高校に上がってからはめっきり来なくなってしまったが。


「ねえ、ちょっと寄っていかない?」


「別に構わないぞ」


 そうして俺たちは懐かしの駄菓子屋へと足を運んだ。



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