二十二、推しの頼みをかなえるためならば

「ではこれより第88回推し同好会会議を始める」


 一週間に一度の定期開催されている本会議。

 これまで幾度となく議論を交わしてきたこの空間のなかで、これまで緊張することがあっただろうか。


 なにせもしかするとこれから俺はここにいるにふさわしくはない提案をすることとなる。

 この場合は、提案というよりも相談といった方がよいだろうか。


「今日はみんなに相談したいことがある」


 今週一週間推桐葵との話や彼女と一緒に行ったことを話した後、いよいよ本題に入る。


 報告会により和やかな雰囲気が流れていた教室、もとい会議室内に緊張が走るのを感じる。

 もしかしたらみんな何かしら察しているのかもしれない。


「以前俺は推しの頼みによりデートの予習で水族館に行った」


「ありましたね」


「それ以降の内容も濃密すぎて忘れてしまうくらいですね」


 同志の一人がそんなことを言う。

 俺としては水族館での一件ももちろん忘れられることではないが、彼の言いたいことも確かにわかる。


 それほどまでに彼女と同じクラスになってから、去年までは考えもしなかったようなことが連続して発生していた。


「今度は一体何が?」


 彼女と過ごしたここ数週間のことを考えていると、同志の一人が催促をしてくる。

 確かにいつまでも渋っていても仕方ないか。


「彼女に何度目かのデートの予習を依頼された」


「おお」


「今度は一体」


「その内容が問題なのだが……彼女はお家デートをするというのだ」


 同志のうち何人かが息を吞んだ音が会議室内に、いやに響き渡る。


「それは……」


「わかっている。皆のいいたいことは。もちろん俺も断るつもりなのだが、下手な断り方をすると彼女は自暴自棄になってしまう可能性がある」


 静まり返った会議室。

 皆沈黙してしまったが、一様に何やら考えている様子だった。


「そもそも断る必要があるのでしょうか?」


 そして同志の一人から飛び出した言葉は予想していなかったものだった。

 しかし他の皆も彼の意見に同調するように、首を縦に振っている。


「会長なら別に心配はないと思うのですが」


 なるほど。皆が俺をいかに信用してくれているのかはよく理解できた。

 しかしその信用こそが落とし穴だ。


「もし彼女と二人きりになったとしてそういう状況になった場合、もちろん俺としてはそんなつもりは全くないし、大丈夫だと自分自身を信じてはいるが、恥ずかしい話だがそれでも理性が崩壊する可能性を否定しきれない」


「なるほど……」


 非常に抽象的かついろいろとぼかした形で話してしまったが、彼らにはちゃんと伝わっているようだ。


 そして再び訪れる沈黙。

 相談したかったのはどうすれば彼女が自暴自棄にならないように断れるかということだった。


「理性が崩壊する恐れがあるというのであれば、そもそも理性がなくならないような状況を作らなければいいのでは?」


 眼鏡をかけた同志のつぶやき。

 それは小さな声だったが、あまりにも静かな会議室内には十分に響くような音量だった。


「詳しく聞かせてもらっても?」


「え、ええ。といっても大したことではないですが、お家デートを行って理性が吹き飛ぶ可能性があるのであれば、そうならないようデートの予習だということを念頭に置き、対処できるように条件を作ればいいのではないでしょうか」


 確かにそもそもそのような状況にならなければ、デートの予習は行える。

 水族館も二人で行ったのだ。

 確かに条件さえ設ければできなくもない。そんな気がしてきた。


「なるほど……。ではその条件というのを考えていこうか」


「ですね」


 俺としても彼女の希望を叶えることができるのであれば、それが一番だ。

 そうして俺たちは彼女を家に招くための条件をどんどん提示していき、会議は過去一といっていいほど白熱したものとなった。

 


「ということで君の依頼を引き受けようと思う」


「依頼?」


「お家デートの予習の件だ」


「ああ、別に依頼のつもりで言ったわけじゃないけど」


 同好会会議の後最低限の準備を整えた俺は、さっそくその翌日に彼女に話題を持ち掛けた。


「ありがと。でもどうしたの、急に」


「万全の対策を整えて行えば問題ないという結論に至った」


「対策?」


「ああ、そのためにいくつか条件を設けさせてもらう」


「条件……? あれ、今って何の話をしてたんだっけ。お家デートの話してるつもりなのに、なんか契約書でも書かされそうなんだけど」


 真剣に話しかけている俺に対して、なぜか彼女は苦笑いを浮かべている。

 だが先に彼女に伝えておくことは非常に重要なことだ。


「まず大前提として予習は俺の家の自室で行うこととする。それは構わないだろうか」


「う、うん。君がよければ私としては問題ないけど」


「了解だ。そしてもう一つ前提として親が家にいることとする」


「うん、なるほど?」


「さらに一時間一度俺の部屋の様子を親が確認しにくることになっている」


「うん……ん?」


 こうすることで何かおかしな空気になったとしても、親が来るという意識があるため、それ以上何か起きようがない。


 デートの予習という名目のため、親がいるリビングを使うわけにはいかないが、これならリスクは相当低いものとなる。

 そう考えたのだが、彼女は首をひねっている。


「なにか気になることが?」


「いや、私としては別にいいんだけど。親御さん的には迷惑じゃないの?」


「ちゃんと了承は取ってあるから心配しなくて大丈夫だ」


「そう。心が広い方なのね」


 昨日頼んでみたらあっさりオーケーしてくれた。

 やけにテンションが高かったから、何か勘違いしていたのかもしれない。


「そして今言ったことが達成できる日が今週の日曜日なんだ。俺の勝手だが、その日でも構わないだろうか?」


「今週の日曜日ね。特に予定はないから大丈夫よ」


 彼女はスマホを取り出しさっと目を滑らすと、了承してくれた。

 彼女は忙しい。


 だから俺の予定に合わせてもらうというのが一番難しいと思っていたが、なんとかクリアできたようだ。


「じゃあそういうことでよろしく頼む」


「条件ってそれだけ?」


「いやあとは当日言わないと伝わらないこともありそうだから、当日に話すことにしよう」


「へえ、サプライズみたい」


 サプライズなんてたいそうなものではない。

 しかしてっきり嫌がるかと思ったが、最初の方は苦笑していた彼女だったが、思いのほか楽しそうに俺の話を聞いていた。


 これで準備は整った。

 後は俺自身が以前の水族館でのデート予習の時よりも、予習だということを強く意識を持つことが必要だ。


 笑いながら世間話に戻った彼女の話を聞きながら、心の中で改めて決意を固くした。








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