二十一、推しよ、お家デートとは?

「ねえ、お家デートって知ってる?」


 とある日の朝、いつも通り俺の席の前までやってきた彼女は開口一番そんなことを言い始めた。


 お家デート。

 相手、もしくは自分の家に好意を寄せる相手を招待し楽しむといったものだろう。


 それを彼女が知らないとは思えないため、知らないがゆえに聞いてきているのではないと思う。

 そういうことならば、なぜ彼女が唐突にそんなことを口にするのかは理由は一つの未だろう。


「どうかしたのか?」


「……誘われちゃったのよ。お家デート」


 気恥ずかしそうに呟くようにそういう彼女の頬は、少し赤くなっているような気もした。


「受けるのか?」


「そこが問題よね」


 確かにお家デートとなると、デートだというだけで貞操の危機だと言っていた彼女の言葉に現実味が増すことになる。


「もしかしてもう付き合っているのか?」


「いや全然。そもそも付き合ってたら君と毎日のように一緒に帰ったり、メッセージも送ったりしないよ」


 確かにそれはそうだ。

 そうなると付き合う前の男女が二人きりの部屋にいることになる。


「とうとう私の身も本格的に危ないんじゃないかって思うのよね」


「……確かに」


「そうでしょ? だから、その……」


 口ごもる彼女。

 その先に何を口にしようとしているのか何となく予想ができてしまった俺は、思わず身を固くしてしまった。


「その、デートの、予習を、また……ね?」


「……それは」


 以前はデートの予習で水族館に一緒に行った。

 最近だと映画も一緒に見に行った。


 確かにその流れであれば今回も予習を行うのは何らおかしくないことなのだろう。

 しかしその内容が問題だ。


 さすがにお家デートの予習となると、俺としても簡単に許容できる部分ではない。

 いや俺としては全く問題がないのだが。


「君にとってそれはどうなんだ?」


「え?」


「予習とはいえ、俺の家に来るというわけだ。当然二人きりになるだろう」


「君が私を襲うってこと? 君ならその心配がないと思って、提案してるんだけど」


 もちろん俺としてもたとえ彼女と密室で二人きりになったとしても、彼女を襲うつもりなど毛頭ない。

 理性の部分では全肯定でその心配はないと、断言できるだろう。


「だがしかし、俺も男だ。君ならそれだけで意味が分かるはずだ」


「そんな真剣な顔で私の頭がピンク色みたいなこと言われても心外なんですけど」


 だが実際今の俺の発言の意図を彼女は理解できている。

 やはり彼女は純粋ではあるが、頭の中はピンク色で間違いないだろう。


 高校生だから当然といえば当然だ。

 そこには男女の壁はないということである。


「そういうわけでむやみに今回は予習をするものではないと思う」


「君なら大丈夫だと思うけどなあ」


 俺に対してそういった信用をしてもらえているのはありがたいが、そういう問題だけではない。


「それに予習をするということは、君はそのデートの誘いを受けるということなのか?」


「まあ、そういうことになるね」


「それこそ君がいつも言っている貞操の危機なんじゃないのか?」


「だからそうならないため、予習しておくんでしょ」


 さも予習を行うことが当然だといわれても、俺としては全く納得できるものではない。


「そもそもそうならないようにするなら、行かないのが一番じゃないか?」


「それはそうなんだけど……」


「まあ君が行きたいというならしょうがないとは思うが」


「…………」


 そもそもどうしてそのお家デートを受けようと思ったのか。

 それを聞くと彼女はあまり考えていなかったのか、そのまま押し黙ってしまった。


「……わかった。こうなったらぶっつけ本番で華々しく散らしてこようじゃない!」


 そして開き直った。

 今の間の間だけで彼女の中でどんな心境の変化があったのかは知らないが、踵を返して俺の席から離れようとしていく。


「待て待て待て」


「なに?」


「……少し考えさせてくれ」


 さすがにすぐにオッケーをすることはできなかった。 

 当然のことだが、これだけのことを俺一人で決められるわけがない。


 一度議題として同好会会議に挙げるべきことだろう。

 俺としてはお家デートそのものに反対だ。

 しかし今のやけくそのようになっているようにすら見える状態の彼女を放置することはできなかった。


「……わかった」


 少し落ち着いたのか、振り返った彼女は小さくそうつぶやくと再び俺から背を向けて、教室に入ってきた友達の方へと戻っていった。

 

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