二十、推しと語り合うアニメ
「君はさ、いつからアニメとかよく見るようになったの?」
「今はあまり見ないぞ」
「でも中学の時はいつも友達とそういう話してたでしょ?」
「よく見てるな」
ここ一週間ほど推桐葵と一緒に帰り道を歩くようになっている。
慣れというのは怖いもので彼女と歩くこの道も随分と見慣れてきた。
「まあ中学の頃は確かにたくさん見ていたな」
中学の時に「推し」という存在があることを教えてくれた旧友。
そんな旧友はいろいろなことを教えてくれた。
ライトノベル、アニメ、漫画。
そういったものを読んで推しというのは何たるかを吸収しろということは、よく言われたことだ。
そして俺はその教えの通り色々な作品を漁り、そして自分にとって推桐葵という存在は「推し」だと確信に至るまでになったのだ。
いうなれば俺に推しという存在を教えてくれた恩人であり、そして師匠だ。
高校が変わってからはあまり連絡が取れていないが、久しぶりに連絡してみるのもありだろうか。
「どうして見なくなったの?」
「どうして……考えたことなかったな」
高校受験に上がり、今の高校に進むためには学力がぎりぎりだった俺は必然的に趣味にあてられる時間が減っていった。
それも影響してか受験に合格した後も、高校に進学して時間に余裕ができてからも見ようという気にはならなかった。
高校入学当初はファンクラブならぬ同好会設立で忙しかったし、そうこうしているうちに彼女の表立った活動を追いかけていたら気づくと時間が過ぎていた。
「君に夢中だったからかな」
「……唐突に変なこと言わないで」
「すまない」
不満そうな声でそんなことを言われ、会話が途切れてしまう。
会話が途切れたとしても帰り道を歩いているこの時間が既に幸せなので、全然苦ではないが、彼女はそうもいかないだろう。
推桐葵の方に目を向けたタイミングで彼女の太ももあたりからピロンというような音が連続して鳴った。
それに気づいた彼女はすぐにスマホを取り出し、何かを操作していた。
連続した着信音だったため、てっきり電話かと思ったが彼女の操作は電話を取るようなしぐさではなかった。
「気にせず出てくれて構わない」
「え? ああ、電話じゃないから大丈夫」
「そうだったか」
「私の方こそごめん。いつもはサイレントにしてるんだけど、忘れてた」
「気にするな」
いつもサイレントにしているのに、普段のメッセージのやり取りはあんなにレスポンスが早いのか。
さすがだな。
しかし今のが電話ではないとすると、メッセージの通知音だろうか。
それにしては鳴りすぎなような気もしたが。
推桐葵は人気者だからそれだけ多くの人からメッセージが来るのかもしれない。
彼女も一つ一つ対応していたらそれだけで日が過ぎてしまうのだろう。
だからサイレントにしているのかもしれない。
友達が少ない俺にはわかってあげられない感覚だ。
しかし周りに慕われている推しは素晴らしい。
「ふわあ……なに、じっと見て」
「いやあくびなんて珍しいと思って。……クマができてないか?」
「突然めちゃくちゃ失礼な発言しないで」
スマホを戻すと同時にあくびした彼女が珍しく、つい顔を見つめてしまったが事実俺の勘違いなどではなく、目の下にうっすらとクマができているのが見えた。
つい最近まではクマなんてなかったはずだが。
「あんまり寝れてないのか?」
「確かに最近は不眠気味かもしれないわね。誰かさんのせいで、考えることが多くて」
確かに学校行事や普段の学校生活の活動に意欲的に参加している彼女は、時間がいくらあっても足りない状態なのかもしれない。
むしろ今まで不眠になっていなかったことがすごいのかもしれない。
それに最近は恋というかデートの悩みまでできているのだ。
デート相手のことをしっかり考えて眠れなくなるのも彼女らしいというか。
「彼のこと好きになったのか」
「へ?」
「デートをした相手のことだ」
「あ、あー……どうだろうね」
彼女に尋ねた時に感じた胸のざわつきは意図して無視をする。
前も似たような感覚を味わったことがあった。
あれは水族館に行った時だったか。
推桐葵に接近された時とはまた違った心臓の跳ね方をしている。
正直あまり心地よくない気持ち悪くなってくるような感覚だった。
「まあ根を詰めるのも仕方がないことだが、無理はするなよ」
「どしたの。優しい」
「君が倒れでもしたら世界中が混乱するからな」
「しないわよ。せいぜい君ぐらいでしょ。話が飛躍しすぎ」
こちらの心配をよそにころころと彼女は笑う。
俺の推しは自分のことを過小評価しすぎだ。
確かに世界中というのは少々誇張したかもしれないが、俺だけが混乱するなんてことは絶対にありえない。
少なくとも学校中の人間、もしかしたら県内では大多数の人間が混乱に陥るかもしれない。
そうに違いない。
もっと彼女は自分が以下に周りに愛されてるかということを理解するべきだ。
「心配してくれてありがと。私は大丈夫。簡単に倒れたりしないから」
「君は強いからな」
「そうでもないかもよ?」
「……難しいな」
簡単に倒れたりはしないが、強くはない。
そんな一見すると矛盾しているような内容に言葉が詰まってしまった。
心配しなくて大丈夫という彼女自身の言葉を信じて、その日はそれ以上に不眠の話を広げることはなかった。
しかしその日の彼女はやはり何度も隠し切れなかったかのように、あくびを繰り返していた。
本当に、大丈夫だろうか。
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