十九、推しと過ごす時間
「幼馴染ってどこからが幼馴染なの?」
「俺に聞かれてもその答えは出ないぞ」
「アニメとか漫画いっぱい読んでるだろうから、知ってるかと思って」
俺はいま彼女と歩道を歩いている。制服姿で。
周りには同じ制服、違う学校の制服を着た生徒たちが歩いているのもちらほらと見える。
つまり俺は今帰り道を推しと一緒に歩いている。
なぜこんなことになっているのか。
今日の朝いつも通り朝話しかけられた。
その時に彼女から提案されたのだ。
「悠君、いつも帰りは一人?」
「そうだな」
一緒に変える相手は特にいない。
学校に残る理由も同好会会議があるとき以外は、ないため一人で帰っている。
「私も一人なんだよね」
「そうか……?」
すでに朝の彼女の定位置となりつつある俺の机の隣でしゃがみながら、歯切れ悪そうにそんなことを言う。
いつもの軽快な様子はなく、どこか彼女の言い方に違和感を覚えた。
「どうかしたのか?」
「んー……しばらくさ、私の帰りに付き合ってくれない?」
少し間をおいて口を開いた彼女からは予想だにしていないことだった。
確かに最近彼女と接することは増えてきたが、それが日常となることはない。
今でも彼女は特別だし、俺の推しだし、極論を言えば彼女の生活の一部になんてならなくていいから、彼女のことを少し遠くから見守っていたい。
プライベートとかではなく彼女がなにか学校行事や表立った活動をしている時に、一ファンとして応援したい。
何なら俺は埃として扱ってもらっても構わない。
「ねえ、聞いてる?」
「もちろん。少し予想外すぎて戸惑っていた」
あまりに無言の時間が長かったからか、彼女が少し不安そうな表情を見せながら俺の顔を覗き込もうとしてくる。
その時のあまりの彼女の顔の近さに思わず俺は椅子に座ったまま、のけぞってしまった。
「なに、そのいやそうな反応」
「嫌なんじゃない。驚いただけだ。そもそもどうしたんだ急に。そんなことを言うなんて」
「……特に理由はないけど」
ますます意味が分からない。
特に理由もないのに、そんな提案をしてくる彼女が何を考えているのか全く分からない。
「強いていうなら……一人で帰るのに飽きたのよ。そんな感じ」
明らかに今考えたのであろう理由を軽い口調で話す。
「なに、だめなの?」
「そんなことはない」
別に俺も用事があるわけではない。
そもそも推しからの誘いがダメなわけがなかった。
ただそんな彼女の提案にどこか違和感があっただけだ。
「じゃあ今日からよろしくね」
「……ああ」
そしていつもの朝の時間が終わった。
「私と君は幼馴染ってことになるのかな。……って聞いてる? さっきからボーっとしてるけど」
「これが現実かどうかわからなくなっただけだ。話は聞いている」
「またわけわかんないことを」
そうして今俺は彼女と帰り道を歩きながら、幼馴染とは何かについて話している。
それはいつも朝話しているようななんてことない会話だ。
てっきり何か話があるから、一緒に帰ろうといってきたのではないかとも考えていたが、そういったわけでもないらしい。
彼女の様子を見ても、一見普段と変わらないように見える。
「それともやっぱり毎朝起こしにいかないといけない? そういうことがなければ幼馴染扱いにはならない?」
「……君の方がアニメに詳しそうだが」
「そんなわけないでしょ。ただそんなイメージがあっただけ」
「そもそも君は俺の幼馴染になりたいのか? 先ほどからの会話の流れを察するに」
「悠くんって会話の流れとか理解できたんだ……」
俺のことを一体何だと思っているのか。
確かに推しのことを考えすぎて、たまに突拍子もないことを言ってしまうかもしれないが、それは彼女の前でだけだ。
普段の俺は自分でもいうのもなんだが、比較的空気は読める方だと思う。
そもそも目立つ方ではないから存在自体が空気になっていることの方が多いが。
そう考えると今は前に比べると比較的彼女と普通に会話ができるようになっている。
さすがに俺もこういった状況に慣れてきたということだろうか。
「別に幼馴染でありたいってわけじゃないし、そこにこだわりもないけど。単純に疑問に思っただけ。ただの日常会話だよ」
「それにしては学校にいる時よりも君は今の方が生き生きしているように見えるがな」
学校で話す日常会話も今ここで話す日常会話も意味としては変わらないはずだ。
それにしては学校にいる時の彼女と、今となりを歩いている彼女の様子はあまりにも違って見えた。
「楽しいからね」
「うっ……」
「なんでそこでうめくのよ」
「……尊死するかと思った」
「バカじゃないの」
いや今のは推桐葵が悪い。
気軽にファンにまぶしすぎる笑顔でそんな言葉をかけてはいけない。
心臓が跳ね上がりすぎて、一瞬止まってしまったような錯覚にすら襲われた。
いやもしかしたら本当に止まってしまっていたかもしれない。
俺の推しが可愛すぎて。
彼女はそんな俺の様子を見て、白い目を向けてきていたがすぐにその顔は笑みへと変わる。
その顔は何かを思いついた時に浮かべるいたずらっ子のような笑顔だ。
「ね。これから毎日起こしに行ってあげようか」
「君に負担がかかるからいい」
「まさかの即答。つまんないの」
口をとがらせ彼女が抗議してくる。
一瞬毎朝彼女に起こされて、一緒に登校する幻想が垣間見え、危うく気を失いかけたがなんとか持ちこたえた。
そんなことをされたら俺の心臓が持たない。
毎朝死んでから目覚めることになる。
「君が幼馴染だと思えば、幼馴染になるさ」
「何その精神論。それに別に私は幼馴染になりたいわけじゃないって言ってるでしょ!」
そのまま幼馴染談義を続けながら、彼女の家の前まで一緒に帰り、そのあと一人で帰路についた。
帰り道は少し違えるから、遠回りすることになるが、別れ際彼女にお礼を言われたことと比べれば些細なことだ。
なぜお礼を言われたのかは分からないが。
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