四章 15.決着

「助けて!」

大声が聞こえた。

驚いて、前のめりに止まった。


嶽下展望台が見える。

誰か展望台の東屋から出て来た。

女の人を羽交い締めにしている。

弥生さんだろうか。

男は誰だか分からない。

女の人は、首から宙吊りになっている。

努は、走りだした。

小屋の前で、須賀さんが身構えている。

弥生さんだ。

「止めて!」弥生さんの腋から男の腕が外れた。

今度は首に腕を巻き付けられて、つま先立ちになっている。

男は後退りして、弥生さんを引き摺るように柵を跨いだ。

すぐ後ろは崖だ。


努は、走った。

誰か、小屋の横から飛び出した。

篠原さんだ。突っ込む。

大内さんが柵の前にいる。

誰か。寺井社長だ。男に飛び付く。

大内さんが走る。

二人が目の前から消えた。

崖から落ちた。

弥生さんは?

大内さんと弥生さんが倒れている。

「かあさん!」

弥生さんが、大内さんの手を振り払い、崖を這うように下を見ている。

篠原さんが崖っぷちで二人を押さえ込んでいた。

落ちた二人を追い掛けるように弥生さんが崖から身を乗り出している。

海に向かって叫んだ。

「かあさん!」

慌てたように須賀さんが、弥生さんの腕を掴んでいる。

努は、たどり着くと大内さんを助け起こした。


弥生さんが泣いている。

飛び付いて崖から落ちたのは寺井社長だ。

二人が落ちた崖を覗き込んだ。


救急車のサイレンが嶽下海水浴場の海の家の空地で止まった。

篠原さんが北山公園の展望広場から公衆電話で通報したのだった。

錯乱した弥生さんを大内さんが抱き締めている。

パトカーのサイレンが西崖トンネルを通過した。

花火は終っていた。


先に到着したパトカーから警察官が出て来ると、須賀さんに話し掛けた。

須賀さんが何か話し始めると坂口社長が横から話を始めた。


篠原さんがオートバイで戻って来ると、警察官に歩み寄り大内さんと弥生さんを指差している。


警察官は、大内さんと弥生さんに声を掛けたが、すぐに救急隊員に病院搬送を依頼しているようだ。


弥生さんに大内さんが寄り添い救急車に向かっている。


「大丈夫か」警察官が努に声を掛けた。

身元を確認された。

坂口社長が努の横に来て警察官に間違い無いと云い添えた。

警察官から帰宅するように云われた。

救急車に乗り込もうとしている藤子さんと弥生さんを呼び止めた。

「これ。落し物」

弥生さんは掌に握りしめた。


努は、警察署で事情聴取を受けた。

花火の時間に、何故、嶽下展望台へ行ったのかと尋ねられた。

花火を見物して、帰宅途中だった。

寺井海運の前を通ったと説明した。

同級生の弥生さんが、何かに怯えて泣いていたので事情を尋ねた。

そして、嶽下展望台へ行った。

なんとなく、間違い無く辻褄を合わせの説明ができた。

事情聴取は二時間くらいで終わった。

部屋から出ると母親が長椅子から立ち上がり、努に近づくと、いきなりだった。

努の頬で大きな破裂音がした。

「心配するやろが」

怒って平手打ちをしたのだが、大きな音に吃驚していた。


痛みはさほど感じなかった。


母親のシゲノは、気持ち良いほど見事な音に、シゲノ自身が驚いてしまった事に、苦笑いしてしまった。

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