四章 12.誤算

坂口だ。坂口が操縦している。

坂口は、嶽下の崖へ向かった筈だ。

モーターボートが桟橋に着いた。

どうして、西崖へ戻ってきたのか。


坂口が西崖の待避所まで上がって来た。

「坂口!」須賀は待避所に向かって怒鳴った。

「須賀!何処や!」

坂口は、北崖に続く脇道の方を見ている。

「ここや!上。展望台!」手を振って知らせた。

「そこ、誰も居らんのか?」

見張る相手、古沢に気付かれないのか注意している。

「おお。俺だけや。二人は?」誰か居るも居ないも、大声で声掛けし合っている。

「大内の娘さんは、うちの資材置場や。寺井社長は下の車ん中や」

「どうしたんや?」

「ちょっと、不味ことになったんかもしれん」


坂口は、藤子さんと寺井社長をモーターボートに乗せて、西崖の桟橋から出発した。

嶽下海水浴場の飛込台の筏の内側に進めた。

岩場へモーターボートを近づけると、藤子さんが説明した。

「岡島さんの遺体はこの岩場へ遺棄されました」

冬場は、海水浴客がいない。

海釣りを楽しむにしても、船は寺井海運のモーターボートくらいしか無い。

モーターボートが、西崖の桟橋に繋がれているという事は、誰も嶽下の沖や磯には居ないという事だ。


そのまま、岡島さんの遺体を岩場へ放置したのだ。

こうして、岡島さんの殺人事件は、転落死に偽装されたのだ。

嶽下の磯を離れると西方橋の袂の岸壁へモーターボートを進めた。


岸壁の空地は坂口建設の資材置場だ。

「岸壁に車を着けて、今度は車に遺体を乗せ変えて、嶽下展望台へ運びました。そして」

藤子さんの推理は続く。

坂口が、岸壁にモーターボートを着けた。

モーターボートを石垣の杭に繋ぐ。坂口が、石垣に手を着いて、空地に上がった。寺井社長と藤子さんを順に空地へ引き揚げた。


「ここからは、須賀さんのお父さん。直道さんの事件です」

藤子さんの推理は、まだ続く。

「岡島記者と同じように、直道さんの遺体を漁船で、ここに運んだのです」

夏場は嶽下から西崖までの嶽下海水浴場には、海水浴客が大勢訪れている。

岩場に遺棄できなかった。

嶽下展望台から落とす事にしたのだ。

この辺りの心理は理解できない。

藤子さんが、また驚く事を云った。

「ここに坂口建設の車が、停めてあります」


だが、坂口が慌てて云った。

「車が無い」

藤子さんの顔色が青ざめた。

いつも、車の鍵を事務所の鍵掛けに吊るすように指導している。

「鍵は。誰が片付けなかったの」

藤子さんが詰った。

「儂や」

坂口が申し訳なさそうに云った。

すぐに戻って来ると思って、迂闊にも鍵を車に差したままだった。


「弥生さんが危ない」

藤子さんは、咄嗟に弥生さんが危ないと思った。

寺井社長も何かを悟ったように興奮している。


花火は、まだ終わらない。

港に入る事は出来ない。

すぐにモーターボートで西崖の桟橋へ戻って来たのだ。


須賀は怒りが込み上げて来るのを抑えた。


「お前はここで見張っとれ。儂らは寺井の事務所へ行く」

寺井社長が助手席に座った。

「けど港。人、いっぱいやで」

港を通り抜ける事は無理だ。

漁港回りで西浜から桃の祠へ停めるしかない。

「分かっとるわ。もう、行くけんの」

坂口も焦っている。

車は港へ向かって走り出した。


じっとしている訳にはいかない。

須賀は嶽下展望台へ行く。


ここで待っていても古沢が来るとは限らない。

藤子さんの計画は狂った。

坂口建設の資材置場から車が無くなった時点で計画は破綻した。

寺井社長は坂口と一緒だから、まず心配無い。

藤子さんは一人だ。

頼むから坂口建設の資材置場で居てくれと願った。

西崖の待避所から崖を降りて海岸道路を走った。

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