四章 11.反転

嶽下展望台が見える。

北山公園の周遊道から山道に入り、海岸道路を横切ると嶽下展望台だ。

展望台の東屋から、嶽下の岩場が見える。

モーターボートが、岩場に近づいている。

あの岩場は、努が溺れた所だ。

そして須賀さんのお父さんが、転落して亡くなった場所だ。

モーターボートは、更に西へ、広畑川の河口付近に向かった。


海岸道路を下りて海水浴場まで行った。

ところが、どうしたのか。

モーターボートが、東に向かって戻って行く。

うっそお。また引き返すのか。

戻るしかない。

努は海岸道路から西崖の方へ向かって走り出した。


嶽下展望台を過ぎた。

努の息に混じり、音が聞こえる。

花火の音ではない。

オートバイだ。

オートバイの排気音だ。

だんだん大きく響いて、近づいてくる。

オートバイが、努の前で停まった。

革ジャンパーの男だ。

「おおい!」

革ジャンパーの男が、ヘルメットを脱いで、声を掛けてきた。

顔が見えた。

不味い。

須賀さんを追い掛けていた坂口建設の職人だ。

カミナリ族。

不味い事になった。

走って逃げたいところだが、今は、そんな事を云っている場合ではない。

努は大きな息を続けていた。

革ジャンパーの男が意外な事を云った。

「お前、百々津中学やろ」

努は、息が、上がって、声が、出ない。

「須賀、知っとったのお」

不味い。

須賀さんが追い掛けられていた時に、逃げた方向を聞かれて、嘘を教えた。

「お前。須賀の後輩やろが」

努は、頷いた。

「そしたら、俺の後輩や。どうしたんや」

努を見て後輩と云った。

敵意は、無さそうだ。

「お願いします。寺井社長が危ないんです。助けてください」荒い息のまま云った。

「おい、どしたんや」

革ジャンパーの男は、慌てた。

「バイクに乗せてください」努は、革ジャンパーの男を信じた。

「そら、かまんけど、女社長がどうしたんや」

革ジャンパーの男に、正義感が溢れていた。

「急いどるんで、走りながら説明します」努は、云いながら後部座席に跨がった。

「慌てるな」革ジャンパーの男は、背中にぶら下げた、黄色い工事用のヘルメットを努に被せた。

ヘルメットの上からドアをノックするように二度叩いた。

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