四章 6.動揺

「そろそろ時間やな。ちょっと急ぐぞ」

坂口が、須賀を促した。


「けどなあ。まだ納得できん」

須賀には、苛立つ理由が分かっていた。

藤子さんが、坂口を犯人では無いと考えているからでは無い。

須賀も坂口が、犯人では無いと、分っている。

そう思っていた。

「頑固やのう」

坂口は、呆れていた。


「そう言えば、お前の父ちゃんが、米田によう言いよったわ」

坂口は、建築家としての米田を評価していない。

有名な地元の建築家、合田隼人の盗作ではないか、とまで云っていたそうだ。


「お前の父ちゃんも、そうやけど、お前も、相当、短気やな」

坂口は、自分の事を棚に上げて、須賀と須賀の父親を詰った。

「けど、社長。いきなり篠原をけしかけて、俺を襲わせるんは、反則やで」

坂口建設の請負っている現場を見張っていた。

今、思えば滑稽だが、何か手懸りを見付けたかった。

その時、坂口建設へ就職した先輩の篠原に、追い掛けられた。

「何を言うとんな。儂は篠原をけしかけとらん。そんな事、言うんやったら、何の証拠も無いのに、儂を付け狙う方が悪いんと違うか?」

坂口は、気のせいか、嬉しそうだった。

「なにを言うとんな。証拠があったら、付け狙ぅたりせんわ。堂々と正面から喧嘩するわ」須賀は、なんとなく、楽になった。それでも、顔は怒っていた。

「ほんま。直道にそっくりやな」

気のせいでは無い。確かに、嬉しそうだ。



嶽下展望台の海岸道を下りると海の家がある。

広畑川の河口付近に架かる西方橋の袂に空地がある。

その空地が、坂口建設の資材置場だ。会社の車が停めてある。

坂口が車に乗り込むと、須賀を隣に呼び寄せた。


「何処へ行くんな?」須賀は、苛立っていた。

「さっき言うたやろ。西崖の桟橋や」

坂口は、怒っている訳ではない。緊張しているのが分かった。

また、無言で、今度は西崖へ向かった。


西崖トンネルを抜けて、路側帯に車を停めた。

「も一辺、言うぞ。お前は、寺井社長と弥生さんが、桟橋まで行ったら、待避所で、古沢が来たら、見張っとくんやで。良えか」

須賀に諄いくらいに注意した。

坂口が、緊張している。


「坂口は、どうするんや」そう云えば、坂口が、どんな役割をするのか、聞いていなかった。自分の事で、精一杯だった。

「もうじき、大内の娘さんが、寺井社長、連れて桟橋に来るで」

「ほんまに、俺は居らんで、良えんやな」

頷くだけだった。坂口の声は無かった。緊張しているのが分かる。

坂口が、トンネルの脇から岩場へ降りて行った。


須賀は、トンネル脇に停めた車へ戻った。

車から西展望台を見上げると、寺井社長と藤子さんが見えた。

二人は西崖の待避所で、立ち止まっている。

何か話しているが、声は聞こえない。

寺井社長と藤子さんは、西崖を岩場へ降りて来ると、桟橋へ向かった。


説明は無かったが、藤子さんは、古沢を誘き寄せるつもりらしい。

何故、藤子さんは、古沢を疑っているのだろうか。


藤子さんの声が聞こえた。何を云っているのかは、分からない。


―坂口さん。お願いしま―

藤子さんが、坂口に声を掛けたようだ。

寺井社長が、驚いている。


―モータボーに乗ってくだ―坂口さんに―お願いして―

モーターボートから、大きなエンジン音が聞こえる。


二人が乗ると、船は勢い良く走り出した。

坂口が操縦している。

モーターボートが動きだした。

嶽下へ向かっている。

須賀はトンネル脇の作業通路を通って西崖の待避所へ上った。モーターボートは嶽下海水浴場の飛込台の筏付近まで進んでいる。


須賀は、小さな虫を払いながら、西崖の待避所へ上った。

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