四章 5.錯乱
フミさんが、フェリー乗場を離れてすぐ、大内さんは、弥生さんに耳打ちをした。
大内さんは、弥生さんを残してその場を離れた。
努は、迷った。
弥生さんを見張っているべきか。
弥生さんは、花火を見ていたが、フェリー通りへ歩き始めた。
通りは両側に屋台が連なり沢山の人で混雑している。
迷った。
フミさんとも行き違ってしまう。
しかし、このままでは、弥生さんまで見失ってしまう。
弥生さんを追い掛ける事にした。
良かった。
弥生さんは、会社の事務所へ戻った。
努は、寺井海運で待つことにした。
寺井海運の事務所の明かりは灯っていない。
努は、川沿いの通用口へ回ってみた。
炊事場の明かりが灯っている。
誰か居る。
炊事場の勝手口に張り付いた。
と同時に、勝手口から人が飛び出して来た。
ぶつかった。
「ああっ。誰か!」弥生さんだ。
弥生さんが悲鳴を上げた。
「僕や。秋山や。落ち着いて」まだ興奮している。
努は、ピストルを向けられて、両手を上げた状態だ。
「えっ?秋山君。どうして」
努の仕草に、弥生さんは、少し落ち着いたようだ。
「助けて。お母さん、助けて」
努は勝手口から弥生さんを炊事場へ押し戻すように上がった。
「どしたんや?何があったんや?」努は焦っている。
女性が泣いているのを見ても、慰める術を知らない。
弥生さんは、努にメモを渡した。
「十一年前の展望台で待つ」と書かれている。
綺麗な文字だ。女性が書いたように思える。
「どういう事や?」西展望台かもしれない。
女性が書いたような綺麗な文字で、大内さんだと思ったからだ。
「分からへん。けど。お母さん、そこへ行ったんや」
寺井社長は、西瓜を買って、持ち帰る事になっていた。
いつまで経っても、フェリー乗場に戻らないから事務所へ帰った。炊事場にメモがあった。
「なんでや?」どうして弥生さんが、そう思ったのか。
弥生さんには、何か思い当たる事があるようだ。
「きっと、須賀さんや」
意外な名前が出て来た。
「須賀さん?」須賀さんが、寺井社長を呼び出す理由が分からない。
「お母さん。殺される」
ますます訳が分からない。殺される理由も分からない。
「なんで?なんで須賀さんに殺されるんや?」
弥生さんは、興奮して一気に喋った。
十一年前、須賀さんの父親、須賀直道さんは、寺井社長と北展望台で会っていた。
弥生さんは、寺井社長と須賀さんが、喧嘩しているのを見た。
その後すぐ、須賀さんの父親が、亡くなったのだった。
弥生さんは、興奮しているにしても、話が不明瞭だ。
当時の事を良く覚えていないのか、あるいは云いたくないのか。
しかし、努にも弥生さんの怖れている事が分かった。
取り乱した弥生さんの様子は、尋常でない。
とにかく、寺井社長を追い掛けるのが先だ。
須賀さんに殺されると云っている。
十一年前の展望台とは、北展望台だ。
だが、十一年前、須賀さんの父親が転落死したのは、嶽下の岩場だ。
つまり嶽下展望台か?
もっと云うと、寺井海運のモーターボートは、西崖の西展望台にある。
北山公園には、登園口から順に、展望広場、北展望台と西展望台の三つの展望台がある。
霧嶽山にも嶽下展望台がある。北山公園の周遊道から嶽下展望台まで行ける。
展望台を全部回るしかない。
もう考えている時間は無い。
北山公園の登坂道を駆け登ると、先ずは、北展望台へ向かった。
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