四章 2.空転

須賀は、昨日、藤子さんと打合せをした。

坂口を午後八時に、嶽下展望台へ呼び出す手筈になっている。


須賀は、坂口を連れて歩いていた。


藤子さんは、花火の打ち上げが始まって、すぐに嶽下展望台に向かうことになっている。


坂口は、須賀に並んで歩いている。


藤子さんが、嶽下展望台で、須賀と坂口に、青木の爺さんの殺人犯人を暴く事になっている。


嶽下展望台まで、二人は無言で歩いた。

須賀は、藤子さんが、何をしようとしているのか、内容について知らされていない。


須賀の額には、暑さのためだけではない、汗が滲んでいる。

花火はまだ、始まっていない。

「坂口!」須賀は短気だ。


坂口は黙ったままだ。

「殺したん、お前やろ!」我慢できなかった。


坂口は反撃しない。

「爺さんだけちゃう。岡島さんも、俺の親父も殺したんやろが!」須賀は感情的になっていた。

「何とか言わんか!」須賀は苛立って怒鳴った。


「お前が、そう思ぅとんは、知っとる」

坂口が強い顔をして云った。

「大内の娘さんから聞いとる」

藤子さんが、坂口に何か相談している事に驚いた。

「青木さんを儂が殺さんといかん理由は、何や?」

その問い掛けは、冷静だった。

「それは、郷土史料館の建設に、米田のおっさんを入れたからなんやろ」

須賀は、そう云ってから、坂口に、青木の爺さんを殺す動機が無い事に気付いた。


「人を殺してまで、仕事、取ろうと思わん。それに、工事を発注する青木さん殺したら、仕事が無くなるわ。殺すんやったら米田を殺す方が早いやろ」

坂口は、やはり冷静に云った。その通りだ。

「米田のおっさんまで殺す気やったんか」だが、須賀は勢いのまま無茶な事を怒鳴った。

「そんな訳、無いやろ。それより、大内の娘さんから伝言があるんや」

嘘だ。

「何!どういうこっちゃ」

何度となく、藤子さんと、青木の爺さんを殺した、犯人探しの会話に熱中していた。

そう思っていた。


「あんのう。よう聞けよ」

坂口が須賀の耳元で喋る。

「気持ち悪いやろが」坂口の息が煙草臭い。

「しょうがないやろが。壁に耳ありや」

須賀は、坂口を押しのけた。

展望台はの周囲は暗い。だけど何もない。誰か居たら、すぐに分かる。


ところが、坂口が囁いた内容は、藤子さんからの意外な伝言だった。

古沢を見張っていてほしいという事だ。

須賀は、坂口が、青木さんや岡島さんを殺したと思い込んでいる。

藤子さんは、古沢を疑っている。


「西崖の桟橋にモーターボートを着けとる」

坂口が云った。


藤子さんが云うには、青木の爺さんが殺された時も、岡島さんが転落死した時も坂口が寺井海運からモーターボートを借りていた。

「そんなん。お前。知っとったか」

坂口は、それを聞いた時の驚きを再現しようとした。

「いや。全然」モーターボートが、関係しているのか。

坂口にしてみれば、そんな事、偶然だと、思う事さえ無かったと云った。


坂口が、寺井海運からモーターボートを借りる時は、いつも西崖の桟橋に繋いでもらっている。

犯人は、それを知っている。

漠然と知っている人は、何人もいるだろう。

しかし、具体的に、日時を把握できる人は限られる。

日時を把握していたとしても、坂口が何時、モーターボートを使用するのかは、分からない。


寺井社長は、モーターボートの予約状況を把握している。

寺井社長を疑っているという事か。


しかし、寺井社長は、弥生さんが、藤子さんを会社の事務所へ連れて来るのを待っていた。

青木の爺さんが殺害された時間に、寺井社長は、会社の事務所で、当直の社員と一緒だった。

だから、寺井社長が犯人では無い。


須賀が花火の夜、話があると云って迎えに来ると、藤子さんは坂口に伝えている。

藤子さんは、須賀を説得する自信が無かったのだ。

坂口なら、須賀と違って、ちゃんと話しをすれば、計画に協力してもらえるかもしれないと考えたのだ。

「俺は無理や。言うたんや。絶対、喧嘩になるん決まっとる」

坂口は断った。

「その時は、思っ切り喧嘩するしか無い。ちゅうて言われたわ」

藤子さん、らしからぬ云い方だが。


「分かった。計画ちゅんは、どんな計画や」

坂口と決着を着けるのはその後でも良い。


ただ、寺井社長を北展望台へ誘い出すと云う事は、どういう事だろう。


須賀の父親と寺井社長が揉めていた理由を確かめるという事だ。

「けど、それは、親父が寺井社長に金を貸しとった。ちゅうて聞いたけど」

須賀は、噂話を云った。

「ええっ。そうか。それは知らんかったのぅ。けど、用立てとったんかもしれんのう。ほんだけど、直道は、そんな事、ウジウジ言う奴や無いわのぅ」

そうだ。親父は、そんな男では無かった。


須賀の父親は、誰彼、見境なしに、そんな事を言い触らす男では無かったと思う。

特別、仲の良かった坂口も知らない。


「そしたら言うぞ。藤子さんからの伝言や」

坂口が藤子さんの計画を話した。


そんな事をして大丈夫なのか。

藤子さんに、身の危険はないのか。


藤子さんは須賀を巻き込みたくないと思ったのかもしれない。

危険な事をしようとしているのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る