四章 1.港祭

大内さんは、今日と明日の二日間、坂口社長に頼んで、寺井海運のモーターボートを予約している。

殺害された青木元町長の時も、転落死した岡島記者の時も、坂口社長が寺井海運のボートを借りていた。

普段は、フェリー乗り場の脇にある船着き場に係留しているのだが、坂口社長に貸し出す時は、西崖の桟橋に届けて繋いでいる。

西展望台から岩場を覗くと、今日も桟橋に寺井海運のボートが繋がれている。

今日が港まつり。


大内藤子先生だ。

大内さんを見つけた。

努は、西展望台の東屋へ隠れた。

大内さんが、北山公園の西展望台の前を通り過ぎた。

弥生さんも寺井社長もいない。

大内さんは、寺井親子と花火大会へ向かうはずだ。

大内さん、一人だ。

努は、周遊道の南へ走り登園道と周遊道の交わる売店へ先回りした。

大内さんが、売店の前を通って、公園を下りて行く。


石の大鳥居を越えると、途中の商店街に続く脇道へ降りた。

木の根の張り出した小道を行くと寺の境内に出る。

境内から商店街の路地に続く石段がある。


大内さんの後を付けて石段を降りて行く。

普段は、人通りは少ないのだが、何人もとすれ違った。

北山公園の展望広場で花火を見物するためだ。

石段を降りると、商店の勝手口が並ぶ路地に出る。

路地を抜けると、電車通り商店街に出る。


商店街は賑かな話し声と共に大勢の人が通りを行き交っている。


電車場から港へ向かう道をフェリー通りと呼ばれている。

電車の駅を電車場と地元の人は呼んでいる。

電車場から中学校へ向かう道は、電車場ができた頃から電車通り商店街と呼ばれるようになっていた。

その後、商店街にアーケードが設けられると、雨の日に、中学生が学校帰りに、雨宿りできるようになった。


ただ、来年の二月で、琴平から五岳市経由で百々津までが廃線になる。


電車場を挟んで、電車通り商店街とフェリー通りには、ずっと屋台が並んでいる。


まだ、花火大会までには時間がある。

どの屋台の前も人垣ができていて、なかなか前へ進めない。

電車通り商店街から花火大会のある港まで、混雑は続いている。


寺井海運はフェリー通りにあるから、大内さんの歩いている方向にある。


大内さんは、洋食屋の前で立ち止まった。

洋食屋の前の屋台で、わらび餅を四舟買っている。


突然「おう」「よう」と、知った顔の中学時代の同級生二人連れから、意味の無い声を掛けられた。

「よう」努も同じく、意味のない挨拶のような声を返した。

立ち止まって話をするような知り合いではなかった。


ふと気付くと大内さんが居ない。

慌てて洋食屋の前へ移動しようとしたが、なかなか進めない。

屋台の途切れ目から洋食屋の横の路地を覗いた。


路地には商店の勝手口に並んで、小さなバーと寿司屋があるだけだ。

良かった。

間一髪、大内さんを見付けた。

突き当たりの川沿い道を港の方へ曲がるのが見えた。

電車通り商店街に平行して、桃川沿いに裏道は続いている。

中通の浄土橋の袂を横切ると、フェリー通りの裏道へ続いている。

裏道といっても、昔は桃川沿いの道筋が表通りだったので、道幅は車が通るくらいの広さはある。


ずっと、大内さんの後を付けて歩いていた。

寺井海運の事務所へ向かっている。

川沿いの裏道にも、沢山の人が出ていたが、商店街の方は、あまりにも人が多い。

人混みを避けようと思って、この川沿い裏道を通って港まで出る人も多い。

この川沿いで仕掛花火は見えないが打上花火は見物できる。

ここに床机を置いて、花火が始まるのを待っている人もいる。


河口から港への曲り角に、寺井海運の倉庫と渡り廊下で繋がる事務所がある。


フェリー通り回って正門を見てみると、今日は、もう締まっていて、かき氷の屋台が出ている。

倉庫の前にも屋台がでている。

渡り廊下には大きな勝手口がある。

勝手口といっても、従業員の通用口になっている。

勝手口の前の空地には、会社のオート三輪とトラックの二台が停めてある。

自転車置場の向かいの引き戸を開けると、大きな下駄箱が正面に置かれている。

大内さんは、その通用口を開けると中へ入って行った。

「今晩は」

大内さんの声が、通用口の廊下から聞こえた。


努は、近くの水門の階段に腰掛けて張込む事にした。


まだ、花火までには時間がある。

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