三章 8.推理

「分かったわ。港まつりの夜、嶽下展望台まで呼び出してください」

迷っていた藤子さんが、決心したようだ。

「分かった。何時にしようか?」須賀は答えを急かした。

「花火が始まってすぐにしましよう。最初の花火が打ち上がって、すぐに」

「よし。じゃあ、八時に」須賀に気合いが入った。

「それじゃあ、段取りを相談しましょう」


藤子さんは、港まつりへ寺井美弥社長に誘われている。

これは毎年の事だ。


花火の始まる前に寺井海運フェリー乗場で花火を待つ。

最初の花火が打ち上がると美弥さんは、西瓜を買って一旦、事務所へ帰り西瓜を冷やす。

フェリー乗場に戻ると三人で仕掛花火が終るまで見ている。


そして事務所へ帰り二階の物干し台で西瓜を食べながら打ち上げ花火を見る。


毎年、決まってそうしている。


「付いて来て」

藤子さんが須賀に云うと北山公園の展望広場から桃の祠に通じる石段を降りて行った。

須賀も後を追って降りた。

「青木さんは、ここの境内で頭を石で殴られ、そこの石段から突き落とされたと考えられています」

藤子さんは、青木の爺さんが桃の祠で殺された場合を考えているようだ。

灯篭の欠片が残っていた。

二人は石段を降ると空地から続く水路へ向かった。

藤子さんが水路脇の木に繋いであるボートを指して云った。

「この水路は海へ通じています」

ずっと昔は河口だったのを埋立てて、今は西崖まで続く水路になっている。

「じゃあ、ボートに乗りましょう」

そう云うと藤子さんは、雁木を降りてボートに乗りオールを手にした。

「ああ、俺が漕ぎます」

須賀は、藤子さんを思っての言葉だった。

「いいえ。私が漕ぎます」

「けど」不安だった。

「大丈夫です。嶽下からボートを借りて、私がここまで漕いで来たんです」

藤子さんは微笑んで云った。

「でも、大丈夫ですか」須賀はまだ心配だった。

「これで二回目です」

藤子さんは試していたのだ。

「そうですか。疲れたら言ってください。代わりますから」やはり不安だった。


藤子さんは、慣れない手付きでオールを漕いでいる。

十分程で漁港の脇に出る。

崖の上に北展望台が見える。

そこから更に三十分ボートを漕ぎ進むと西崖の桟橋が見える。

桟橋付近から西崖トンネルを見上げると西展望台の屋根が見える。

青木の爺さんの遺体が発見された岩場を越えた。

藤子さんはボートで青木の爺さんを西崖へ運んだと考えているのだ。

「でも、なんで、この場所だったんやろ」

「その桟橋には寺井海運のモーターボートが繋がれていました。本当は、嶽下海水浴場の岩場へ遺体を遺棄するつもりだったのではないかと思います」

岩場を沖へ迂回すれば嶽下海水浴場だ。

「あの日、水門が九時に閉まる事になっていました。だから、それまでにモーターボートを宮田製材所へ届けたかったのだと思います」

だから、西崖に放置するしかなかった。

「西崖の桟橋にモーターボートがあれば、寺井海運から人が引き取りに来て青木さんの遺体てしまうから」

さくら祭には、人出が多いので、警察も警戒を強化していた。

そこに、故意か偶然か火事が発生して、宮田製材所周辺は人目が多くなってしまった。

ただ、慌てていたとしても、凶器を犯行現場に残しているのは理解できない。

海開きも、まだ先だったので海水浴場の貸しボートは桟橋に繋がれてはいない。

海水浴の、この時期だけ嶽下の道路脇の空地に海の家が設営される。

すぐ横の簡易倉庫がシャワー兼更衣室になる。

それまでは、倉庫に貸しボートを保管している。

嶽下の道路脇の倉庫から、どのようにして貸しボートを桃の祠の水路まで運んだのか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る