三章 7.焦燥

「努。東京の子が捕まったで」

母親が買い物から帰るなり努を見つけて云った。

「えっ?どういう事?」


母親が近所の八百屋で買い物途中に聞く噂話の又聞きの噂話を喋り始めた。

どれだけ尾ひれが付いているのか分からないし、母親がどのように解釈して、努に喋っているのか分からない。


殺された元町長には青木博という孫がいる。

博の父親の善和は、国会議員の元秘書の娘との縁談を望んでいた。

しかし、博は東京の子と結婚の約束をしていた。

元町長は、博と東京の子との結婚には反対していなかった。


さくら祭りの午後七時半頃、青木元町長は、東京の子と会っていたというのだ。

東京の子は、博さんとの結婚を青木元町長に相談していた。

つい感情が昂り石段から突き落としてしまったというのだ。


実際の北山公園の桃の祠での会話の内容を知っているのは、会っていた若い女性だけだ。

その若い女性が東京の子だとすると、元町長と北山公園の桃の祠で会っていたのは、フミさんという事になる。


「あんな綺麗な娘さんやのになあ。それに」

母親は、東京の子が犯人だと思い込んでいる。

噂話の感想や想像を云っている最中に出掛ける支度を始めた。

「こら。まだ話終わっとらんぞ。どこ行っきょんな」

母親は気になっているようだ。

「ちょっと図書館。行って来る」受験勉強をしていると思わせる必要がある。

「何時ごろ帰るん?お昼は?」

母親が気にしているのは、夏休みになっても、受験勉強に身が入っていない事だ。

「晩飯には帰って来る」

と云って耳を塞ぐように、飛び出してきたのだ。


フミさんが警察に連れて行かれた。

大変な事になってしまった。なんとかしないといけない。

受験勉強どころではない。


夏休みだから時間はある。

事件当日の新聞を閲覧した。

警察が捜査して、東京の子を参考人として事情聴取している。まだ犯人が特定されていない。

素人の努が考えても解決できるはずも無い。

それでも、じっとしてはいられない。

計算用紙に使っている新聞のチラシの裏に青木元町長殺人事件を時系列に書き出してみた。


さくら祭の土曜日の夜。

青木善造は、午後六時頃から、北山公園で花見を始めた。

花見は、元町長と保守党系町議の古沢卓、版画家の松田健治、建築士の米田佳宏の四人だった。


午後六時十分頃、元町長は、別の花見の宴席へ挨拶に向かった。

元町長は、浅田孝俊町長とその家族五人の花見の席を訪れた。

次に、梅本薬品の梅本登社長と社員合わせて二十二人の宴席を訪れた。

次に、労働党系の町議、辻巧、中野幸三、原田啓治の三人の席を訪れた。

午後六時半頃、一旦、自分の席へ戻った。

五分もしないうちに席を離れ、坂口建設の坂口秀夫社長を訪ねた。

坂口社長に、寺井海運から借りているモーターボートを宮田製材所へ届ける約束の念押しをしている。


席へ戻ったのは、午後六時四十分頃だった。

午後七時前、また席を離れた。

西慶院の住職で中学校の教師、近藤栄則とその家族六人の花見の席へ挨拶に出向いている。

次に、坂口建設の坂口秀夫社長と社員合わせて十七人の宴席を訪れた。

午後七時二十分頃、席へ戻った。

午後七時半前にまた席を離れた。


午後七時半過ぎにA子が、北山の桃の祠で元町長と出会った。

A子は寺井海運の社長の娘だから寺井弥生さんだ。


弥生さんは、私立中学校に勤める教師の大内藤子を訪ねるため北山の大内医院へ向かっていた。

弥生さんは、元町長が女性と話をしていたのを目撃した。


元町長は、桃の祠の石玉垣から顔を覗かせ、弥生さんと会話をしている。


その時、元町長が午後九時過ぎには、ボートを宮田製材所へ届ける旨、弥生さんに伝えて、寺井社長へ伝言するように依頼した。


弥生さんは、午後九時に、桃川の水門が閉まる事を教えた。


元町長は、水門が閉まる時間を知らなかった。

元町長は、弥生さんが大内医院から寺井海運の事務所へ戻る途中、桟橋に、まだボートがあれば、寺井海運から引き取りに来るように頼んだ。


午後七時四十五分頃、元町長は、坂口社長の席を訪ねた。

坂口社長が居なかったため、社員の清水伸治に、水門が午後九時に閉まる旨、伝言を依頼した。


その後、青木元町長と会った人は居ない。


午後八時過ぎ、青木元町長からの伝言を聞いた坂口社長は、西展望台へボートを確認に行くとボートは繋がれていた。

一旦、会社の宴席へ戻り、花見の宴会を終えた。


元町長は、午後九時から料理屋で二次会をする事になっていたが、花見を終了する予定の時間になっても戻らなかった。


午後八時半、一緒に花見をしていた三人が元町長を探し始めた。


坂口社長は、元町長と午後九時半に料理屋で合流する予定だった。


弥生さんは大内先生と一緒に大内医院から寺井海運へ戻る途中だった。

西展望台の柵際に立って、崖の下を覗くと岩場の先に桟橋が見える。

ボートは無かった。

坂口社長は西展望台へ向かったが、途中、大内先生と弥生さんに出会った。

弥生さんは坂口社長に西崖の桟橋にボートは無いと伝えた。


坂口社長は元町長の花見の宴席を訪ね向たが、誰もいなかった。

その時、街中で火災が発生しているのが見えた。

坂口社長は、宮田製材所の火事を知った。

元町長が、巻き込まれていないか、公園を下りて宮田製材所まで歩いて行った。


宮田製材所は、午後八時半過ぎに出火し、翌、午前三時過ぎに鎮火した。

製材所の端材置場と材木の一部が焼失した。

放火の疑いがあるということだった。


午後九時過ぎ、青木元町長が行方不明になった事を米田さんは家人に伝えた。

家人が警察へ届け出て、すぐに捜索が始まった。

元町長の捜索に当たっていた警察官が遺体を発見した。

遺体は翌日の午前六時頃、西崖の岩場で発見された。

死亡推定時間はさくら祭の土曜日、午後八時から九時くらいということだった。


警察は、殺人事件として捜査している。

週明け月曜日の地方紙に元町長青木善造元町長の死亡が報じられた。

桃の祠で血痕の付着した石の欠片が発見された。

その血痕が青木氏の血液型と一致した。

石の欠片は、北山の桃の祠の灯篭の一部だった。


殺害現場が西崖なのか桃の祠なのか判明しない。

西崖から突き落とされたとすると凶器の石の欠片がどうして桃の祠にあるのか分からない。

桃の祠が犯行現場だとすると、何故、遺体が西崖に遺棄されたのかが分からない。


警察は町内の車輌を確認する捜査をしているそうだ。

台数はそんなに多くはない。

映画館のオート三輪も調べられたそうだ。


当日は、さくら祭で、人出も多かった。

飲酒による喧嘩やカミナリ族の警戒のため警察官も多数巡回していた。


カミナリ族が何台もオートバイを連ねて金比羅街道を奔り抜けて行ったが事故は無かった。

酔った花見客同士でちょっとした諍いなどはあったそうだが、大きな喧嘩などはなかったようだ。

そこへ、火事が発生した。

多くの警察官が火事の通行規制に当たった。

火事が発生したのは、消防署の現場検証の結果、午後八時半頃ということだった。

青木元町長の殺害された時刻と同じくらいだった。


もちろん、車で北山公園に来ていて、偶発的に殺害し、現場から発見現場まで遺体を車で運んだということも考えられる。

それ以上、捜査の進展はない。


青木元町長殺人事件の捜査で寺井海運の娘、弥生さんは、警察に証言していた。


警察は青木元町長と会っていた女性を探した。

該当するような女性は、見つからなかった。

見馴れない女性であった事から、東京の子ではないかと思われた。

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