三章 6.予感

去年の夏休みは、ずっと光耀社でアルバイトをしていた。

今年は、早くから帰省している。

夏休みに青木の爺さんの殺人事件を調べている。


岡島さんは、矢竹を探していたのでは無いのかもしれない。

須賀は、当初、臨海土地開発事業の利権に絡む不正を暴く取材だと思っていた。

現在、決定している臨海土地開発事業では、不正疑惑が無いにしても、十一年前はどうだったのか。

岡島さんは須賀の父親の転落死を百々津に来る前にもう一度、話しを聞きに来たからだ。


ノートをまとめていると家の電話が鳴った。

母親は、寺井海運へ仕事に出ている。

普段から、家に電話を掛けて来る人は、朝と夜しか母親がいない事を知っている筈だ。


仕方なく電話を取った。

藤子さんだった。

「少しだけお時間、いいですか?」

藤子さんが云った。

相談があるので、今から藤子さんの所へ来てほしいと云うのだ。


藤子さんと弥生さんの関係を知ってから、大内さんを訪ねる事を躊躇ていた。

弥生さんは来て居ないという事だ。

それならばと、藤子さんを訪ねた。


藤子さんは玄関で待っていた。

上がり框に立つと、須賀の靴を下駄箱へ片付けた。

慌てた様子で応接間へ通された。

「ごめんなさい。こちらから呼び立てておいて、申し訳ないのですが、暫く、こちらで待っていてください」

そう云うと、また慌てて出て行った。

応接間というか、院長の書斎だったようだ。

本棚に医学書が並んでいる。

暫くすると、玄関の呼び鈴が鳴った。藤子さんは玄関に向かったようだ。

訪れたのは男だ。

「ああ。ごめんな。急に用が出来てしもて、急がして申し訳ない」

相手は古沢だった。

藤子さんは、古沢と夕方に会う約束をしていたようだ。

古沢の親戚に不幸があって、通夜に出向くという事だ。

暫く町へは戻れないので、今、訪問したと云う事だ。

「それじゃ、今年は花火、見られないですね」

「そうやなあ。港まつりまでには戻りたいけど。どうやろかな」

古沢は居間へ通されたようだ。

「それで、こないだの事やけどな。ちょうど買いたい。ちゅう人がおってな」

「ただ、お金を準備するんに、時間が掛かる。ちゅうんや」

そこで、相談をしたいという事だ。

この話しが流れたら、この後、買手を探すのに時間が掛かる。

昔は、岡の上の一軒家状態だったが、今では、開発され高台の一等地になった。

広い敷地だから、なかなか買手を見付けるのが難しいという事だ。


驚いた。

この大内医院の処分を依頼していたようだ。


話しを聞いた藤子さんが、一人で決定は出来ないと云う。

淳也さんと相談してからという事だ。

「それは残念やなあ」

古沢の表情は見えないけど、落胆した様子が想像出来た。

「今後とも、いろいろ、相談に乗ってください」

藤子さんが、この話しを終わらせた。

「まあ、しょうが無いなあ」

話しを聞いていると、兄の淳也さんが帰って来ると云う事だ。

ただ、百々津を引き払い栗林市で開業するらしい。

「淳也さんは、ご結婚決まったんですか」

「まだ、はっきりとは分からないんですけど、お付き合いをしている人は、いるようです」

「なんでも、お見合いの話しがあったようやけど、そうですかぁ」

「それが、ちょっと行き違いがあって」

「ほう」

古沢は興味を持ったようだ。

藤子さんは、青木の爺さんが写真の封筒を届けて、持ち帰るまでの経緯を古沢に話した。

ここまでの経緯は須賀も聞いて知っている。


その後の話しだ。

青木の爺さんが殺された後の事だ。

青木の爺さんが、写真の娘に、その写真を渡していた。

その娘さんから藤子さんに連絡があった。


揚羽蝶の指輪をカメラに向かって差し出す格好の写真だった。

その写真について、少し尋ねたい事があると云う。

花火大会に展望台で直接、会って話しをしたいと云う事だ。


古沢も寺井海運のモーターボートで同じような写真を見たと云っているのを聞いている。

もし帰って来ていれば、一緒に会ってみないかと持ち掛けた。

古沢は、港まつりに、帰れそうなら連絡すると云って帰って行った。


「ごめんなさいね。お待たせしました」

「いえ。それより、百々津を離れるんですか」

「そうねぇ。まだ決めてはいないけど」

「ごめんなさい。ご相談でしたね」

「はい」

藤子さんは、弥生さんの荷物を大きくに運び込んだ時の事を覚えているかと尋ねた。

揚羽蝶の指輪を見付けた時の事だ。

須賀は思い出した。

「そう言えば、弥生さんの荷物を運んだ時の事、思い出しました。藤子さんも指輪、持ってましたよね。揚羽蝶の」

「はい。実は、今日、相談したかった事は、その事です」

「あの時、弥生さんが揚羽蝶の指輪を見て、何処で見付けたのかと聞いてたのを覚えていますか」

勿論、覚えている。

弥生さんの驚いた様子は異常だった。

「それと青木さんが届けてくださった写真の話し。覚えていますか」

弥生さんは、封筒に入った写真をこっそり見ていた。

そして、写真の少女が揚羽蝶の指輪を持っていたと云っている。

藤子さんは、弥生さんが揚羽蝶の指輪を知っていると思った。

いや、弥生さんは揚羽蝶の指輪を持っていたのではないか。

そんな時、藤子が持っていた揚羽蝶の指輪が失くなっているのに気付いた。

藤子の部屋を探していたが見付からない。

翌日、居間の飾り棚で見付かった。

弥生さんに揚羽蝶の指輪を持ち出したのではないかと尋ねた。

素直に持ち出した事を打ち明けた。

理由は、母親から指輪を持っていないか尋ねられたからだそうだ。

失くしてから一度も尋ねられた事がなかった。

弥生さんは、北山の北展望台で揚羽蝶の指輪を落としたと云った。

落とした揚羽蝶の指輪を藤子さんが拾ったものと勘違いしたのだった。


「これは須賀さんにお話しをしても良いか悩んだのですが」

驚きの事実だった。

「須賀さんのお父さんが亡くなった同じ日、その朝、弥生さんのお父さんも亡くなっていたの」

それは須賀も知っている。

「弥生さんは、父親が亡くなったという事をある程度、理解していたらしいの」

「美弥さんがどこかへ電話で連絡しているのを見ていたらしいわ」

「そして、美弥さんが何処かへ出掛けていったの。心細くなつて、美弥さんの後を付けて行ったそうよ」

「美弥さんは北展望台で須賀さんのお父さん。須賀直道さんと会っていたのよ。亡くなる少し前に」

「弥生さんが見た時、母親が直道さん虐められていたの。思わず、直道さんに飛び付いたらしいわ」


米田が云っていた。

親父が寺井に金を用立てていた事で揉めていたと云っていた。


「その拍子に直道さんは崖に落ちたの」

「けど、北展望台の崖は、と言うより斜面が急なだけやし、落ちたとしても」

「そうよ。でも美弥さんは弥生さんが、後を付けているのを知らなかった。急に飛び出して来た弥生さんを見て、驚いていたんじゃないかと思うの。慌てて弥生さんを抱えれように、その場から急いで逃げたそうよ」

「弥生さんは、その時、揚羽蝶の指輪を崖から落とした事に気付いていたの」

「弥生さんは指輪を探したけど見付からなかったそうよ」

そして、大内さんで指輪を見付けて驚いた。

何処で見付けたのか?という言葉になった。


須賀にとっては、かなりな衝撃だった。

今も弥生さんの揚羽蝶の指輪は失くなったままだ。


弥生さんが落とした揚羽蝶の指輪を写真の少女が拾って、今も持っているのか?


写真の少女は、弥生さんではないという事か。

封筒の写真をこっそり見た時に弥生さんなら自分だと気付く筈だ。


少女の写真を撮ったのは誰か。

写真を撮った人が揚羽蝶の指輪を持っているのだろうか。


大内さんで写真をすり替えたのが岡島さんだとしたら、いや岡島さんだろう。

岡島さんは、写真の少女を探していたのか揚羽蝶の指輪を探していたのか。


親父が死んだのは嶽下の崖なのだが、これはどういう事なのか。

北展望台の脇道の坂を駆け降りた人影は誰なのか。

そいつが親父の亡くなった事に何か関係しているのか。

そして、その何かを知った青木の爺さんは殺されたのか。

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