三章 9.反撃

努は、桃の祠の石段に立って境内を見ていた。

桃の祠の大きく欠けた灯篭を見た。


事件が起こった時は、青木元町長と親しくなった直後だった。


その時は驚いた。

早く犯人が捕まる事を願っていた。

犯人は、誰だろうという野次馬的な興味もあった。

どこか他人事だった。


しかし、東京の子が参考人として警察で事情聴取を受けている。


石段の最上段に滑落した跡が発見されたそうだ。

青木元町長の衣服に付着した土と桃の祠の石段の土が同じだった。

そして血痕の付着した凶器の石が、石段の下に落ちていた。

青木元町長の血液型と一致した。

石は長さ約二十センチ、直径約十センチで祠の灯篭の欠片だという事だ。

桃の祠への上リ口は、空地になっている。

車輌を停めていたとしたら必ず誰かに目撃されているはずだ。

しかし、車輌が停まっていたという証言はない。

何台かのタクシーが北山公園へ来てはいるが、展望広場で花見客を乗せている。


では、空地脇にある水路か。

モーターボートは水路に入らない。

手漕ぎのボートは、夏場しか倉庫から出していない。


犯行現場は、桃の祠か西崖か。


努は西展望台まで歩いた。

犯人は元町長を西崖から突き落とした考えた。

午後八時半過ぎ、青木元町長は行方が分からなくなった。

午後八時半、青木元町長は犯人と西展望台で待ち合わせをしていた。

北山公園の海側は、急斜面に周遊道が通っているだけで、外灯こそ雪洞を模した形の物に付け替えられているが、宴席を設けるほどの広場が無い。

そもそも桜の木が無い。


誰かに目撃される可能性は少ない筈だ。

午後八時半、犯人は、青木元町長を西展望台で待ち伏せていた。

あるいは、青木元町長の後を付けていた。

待ち合わせ時間にやって来た青木元町長の後頭部を石で殴打し、西崖から突き落とした。

凶器の石は桃の祠の灯篭の欠片だった。

モーターボートを誰が宮田製材所へ届けたのか。

午後八時四十分頃、西崖の桟橋には、まだモーターボートがあった。

午後九時頃には、モーターボートは無かった。

死亡推定時間は午後八時半から九時くらい。

青木元町長がモーターボートを宮田製材所に届けた後、殺害されたのだろうか。

だとしたら、宮田製材所から車で北山公園へ戻ったのだろうか。

時間的に不可能だ。

犯人は、午後九時に水門が閉まる事を知っていた。

午後九時までに坂口社長か青木元町長が宮田製材所までモーターボートを届ける事を知っていた。

午後九時以降に西崖の桟橋にモーターボートがあれば、寺井海運から引き取りにやって来る事を知っていた。

青木元町長の遺体をそのままにして、モーターボートを宮田製材所へ届けた。

何のために。


西展望台から崖を覗いた。

真下に退避所が見える。

その先に桟橋が見えている。

努は西展望台から北展望台へ戻った。

脇道の細い山道をまた、西展望台の下にある退避所まで降りた。

退避所の下は急な崖だ。

退避所を過ぎると岩に手を付かないと降りられない。

岩場に降りると均した岩が桟橋まで続いている。

桟橋に立って崖を見上げた。

西展望台まで見通す事が出来る。

犯人は何故、すぐに発見される場所に遺体を放置したのか。

海沿いは、人目が少ない。

しかし、午後九時以降にモーターボートが桟橋にあれば、寺井海運から人が来る。

桟橋に立てば、遺体が発見される。

寺井海運から桟橋へモーターボートを引き取りに来ないようにした。

遺体を発見される事を避けるため、または遅らせるためだ。

何故。

須賀さんの父親や雑誌記者が亡くなった嶽下の岩場へ運ぶつもりだった。

嶽下の刑場に伝わる呪い話を連想させ、殺害を偽装し、事故死に見せ掛けるためだ。

人目が無くなってからモーターボートで嶽下の岩場へ元町長の遺体を運ぶつもりだった。


何故、凶器は桃の祠の灯篭の欠片だったのか。

そして凶器が桃の祠で発見されたのか。


桟橋にモーターボートがゆっくりと近づいて来た。

坂口社長だ。

「学生さん。また会うたのお」

桟橋に降りると声を掛けられた。

「お早うございます」

「どうしたんや。こんなとこで」

「青木さんがあんなことになって、なんか勉強に手が付かないんです」

「そうやのう。犯人も分からへんし。早う捕まったらええのにのう」

「坂口社長は、今日は、また釣りですか」

いつも寺井海運のモーターボートを借りる時は西崖の桟橋にモーターボートを繋いでもらう事になっていると聞いていた。

「いや。大内さんに頼まれてのお」

「大内さん?」

「そうや。大内医院の娘さんや。今朝、頼まれたんや。それがのう」

今朝、大内藤子さんがやって来たそうだ。

港まつりとその翌日の二日間、モーターボートを寺井海運に予約してほしいとの事だ。

大内藤子さんは寺井海運の娘、弥生さんの通っている塾の先生だ。何か、直接頼めない事情があるのだろうと思って引き受けた。

早速、寺井海運を訪ねてモーターボートの予約を入れた。

ところが、明日が港まつりなで西崖の桟橋に届ける事ができないという事だ。

今日も予約は入っていないとの事だったので、坂口社長自身が西崖の桟橋に繋ぎに来たという事だ。

「本当は、須賀のババアに知られとうはないんやけどな」

須賀さんの母親がモーターボートの予約を受付している。

「どうかしたんですか」

「最近、どうも須賀が、うちの事を調べとるみたいなんや。須賀知っとるやろ」

「はい」

「なんか須賀の親爺さんと揉めとったちゅうて言うとるらしいんや」

以前、寺井海運を訪ね時にも坂口社長が須賀さんの母親に苦情を云っていた。

「そうなんですか」

「そうや。古沢がそんな事、言うてるんや」

「いや。何か揉めてたんですか」

「そらその通りやけどな」

坂口社長は須賀直道との一件を説明した。

「まあ、須賀さんも血の気が多いんやけど、そこまで言わんでも、とは思うたけどな」

「しかし、合田隼人さんと米田さんで、そんなに違いがあるんですか」

「こんな事言うたら遺憾のやけどな」

大内医院は、合田隼人の設計で、寺井社長の自宅は、米田佳宏の独立した初期の設計だそうだ。

坂口社長が云うには、二人の特徴で余白という空間に共通点があるそうだ。

合田隼人の設計した余白は、ゆとりの空間になっている。

しかし、米田佳宏の設計した余白は、無駄な空間になってしまっていたのだそうだ。

寺井社長の自宅を訪ねた時に、外観は大きく見えるが中へ通された時には、狭く感じた。

努は、そういうものかと思った。

ただ、大内医院の中を見たことがないので、比較はできない。

米田さんは、坂口建設を辞めて、合田隼人の支援で設計事務所を開いていた。

坂口建設や合田隼人から仕事を請負っていたそうだ。

合田隼人が亡くなって、仕事も減っしまい事務所は開店休業状態だそうだ。

米田建築設計事務所は、今でもそのままだ。

栗林市の細川商業建築設計事務所へ席を置くようになった。

合田隼人は、細川設計事務所から請負ていた仕事が多かった。

米田は、合田隼人に師事していたことも、良く知られていた。

「そんな事を言われて、社長。怒らないんですか」

「まあ、米田も悪い奴や無いんや。今、勤めとる事務所は、国道沿いのレストランとかドライブインとかの商業施設や。米田の造りたいんは、重厚な建物なんやろなぁ。可哀想想なもんや。なんやったら、またうちで雇うてもええんやけど、なかなか通じんのや」


努は、坂口社長を見た目は怖い。

営業のやり方も強引だけど、本当は、優しいのかもしれないと思った。

努は、帰りに寺井海運を覗いてみた。

明日と明後日、二日間カレンダーの日付は丸で囲まれている。

丸印の下には坂口と書かれている。

以前も見た。

坂口社長は、殺害された青木元町長に頼まれて、モーターボートの予約を入れていた。


さくら祭りだ。

青木元町長が殺害された日は。

さくら祭とその翌日、カレンダーに坂口と書き込まれていた。

今度は大内さんに頼まれて、港まつりに坂口と書き込まれている。

確か、雑誌記者の人が嶽下で転落死した時、遺体を発見したのが坂口社長だった。

西崖の桟橋から釣り場へ向かう途中、嶽下の岩場で遺体を発見した。

その当日も寺井海運のモーターボートの予約を入れていたのだろう。

偶然だろうか。

もし、何かあるとしたら大内さんはその何かを知っている。

だから坂口社長にモーターボートの予約を頼んだのだ。

明日が港まつり。

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