王は、ここ最近、離縁がどうたらなどと言い出しておった。それが本心からのものでないことは分かりきっておった。またサプライズか何かであろう。


 ただ私はそれに乗っかる気でおった。そう、我が家には、まさにそれに丁度良いものが代々伝わっておった。初めてナターシャ叔母上から聞かされた時、幼心おさなごころながら、私はそれに強く惹かれた。


 死神、そんなものがいるのだろうか?


 ただ、王がそんなことを言い出すまで、少なくとも私にとっては無縁のもの、そのように想いなしておった。


 私は急きょそれを実家から一枚持って来た。あいつがいつもの堅物かたぶつの顔を私に向けて、姉上には不要でしょうなどと、つまらぬことを言うので、想わず怒鳴ってしまった。それもあって、アレクサンドラとは話ができなかった。


 まあ、良い。数日中に何か手土産でも持って行こう。あいつは小心者で一度ケンカすると、妙に気にするから。


 確か王家へ南国からココナッツの献上品があった。アレクサンドラの好物だ。あれを携えて行き、一緒に食べて過ごすとしよう。最後の時となるやもしれぬ。なら、泊まってこようか。あいつには、葡萄酒を2、3本持って行けば十分だろう。




 ところで、こいつだ。

 そうして改めてそれに眼を落とす。

 まったく読めなかった。

 死神との契約書と聞いたが。

 ただ私の関心はこれにあった訳ではない。

 死神の方であった。

 どんな奴なのだろう。


 そして、それ以上に関心があるのは、これを契約した祖先と死神との関係であった。いかなるものであったのか?


 ただ祖先はヒントを残されておる。

 『愛の神を尊崇せよ』と。

 ただこれが誤りであるは明らかである。


 契約したのが死神なら、ここは『死神を尊崇せよ』が正しかろう。実際、それが我が家における伝統的な解釈であると、やはりナターシャ叔母上から聞かされておった。


 ただ、私は異なるのではないかと考えておった。『死神との愛を尊崇せよ』ではないかと。祖先は死神の寵姫となったのではないか。


 この代々続く美貌とやらは、その寵姫となった祖先のものであり――それが死神の力により、まるで仮面を貼り付けた如くに、子孫に受け継がれておるのではないかと。


 死神の寵姫となるとは?

 死神に抱かれるとは?

 どのようなものであろうか?


 激しく我が心に恐怖が渦巻くのをおぼえる。ただ、そこには、わずかの期待も紛れ込んでおった。そして何より、私はそれを楽しむを得た。


 もし、私の考えが正しいとしたら?

 

 祖先の美貌を私が受け継ぐを得たのだとしたら?

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