第4話

「我が未来の妃よ。どうして、我にも我が父王にも、その美しき顔を見せてくれぬ。

 そなたは余りにも長い間、顔を見せぬ。

 そのゆえにこそだ。

 ようやくそなたが参内すると聞くや、

――父王は自ら我が部屋にお越しになり、こうして喜びに満ちあふれ、そなたを待っておったのだぞ」


「残念ながら、このボリスはわしに似てしもうた。

 やはり、同じ女性ということもあるのだろう。

 そなたのかんばせは、ヴィクトリアの面影を強く残す。

 わしにとっては最早見ることのかなわぬ妻の姿を見るようなもの。

 生きておってくれたら、その寂寥を癒やしてくれるのは、そなたしかおらぬのだ。

 どうか、もっと気前良う、もっと気安く、その顔をわしに見せてくれ。

 もっとも、病を治してからで良い。

 無理をするな」


 私は自分の耳を疑った。

 それから、王子や王は言っておったが。

 ・・・・・・何やかやと。

 まさに何やかやとであったが。


 私が理解したところでは、

 果たして、何の悪ふざけか、この場で、私は正式に王子にプロポーズされたらしいこと。

 王の同席は、私の顔を見たいというのと併せて、その証人で、ということらしいこと。

「わしが証人じゃ。誰にも文句は言わせぬ」と確かに王はおっしゃった。

 ここで私が受ければ、その時点で正式の夫婦となるらしいこと。


 加えて、村娘は側室に残したいので、それはどうか認めて欲しいとのこと。


「なぜです?どうしてです?」

私は心中の言葉の冒頭のみ口に出し、その後に続く言葉を呑み込む。

――『アレクサンドラを婚約破棄するとの言葉を告げられぬのですか?』との。


 更に告げられたところでは、

 王子は私を最も愛しているとのこと。

 ただ、この村娘も好きとのこと。

 この村娘は、『私が王子に嫁ぐなんて、とんでもない。側室でさえ恐れ多いことです。侍女として御側に仕えさせてもらえばいいです』と言っておるとのことであった。

 村娘はすぐそこにおったが、これは村娘の発言ではなく、王子が代弁した。

 これが王子の発案であれ、あるいは、村娘の正直な気持ちであれ、そんなことはどうでも良かった。

 更に王子いわく、

「アレクサンドラは優しいから、側室としてきっと認めてくれよう」と


(何が愛だ。

 何が優しさだ。

 反吐が出る。

 私が求めるものは、そんなものではない)


 私はどうして良いか分からなかった。

 とにかく、早くあの契約書を確認しなければ。

 頭にあるのは、それだけだった。


「申し訳ありません。やはり気分が優れず、今日はこれで帰りたく想います」

 私はプロポーズの返事もせずに、そう告げた。

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