第5話

 助け船を出してくれたのは、

――というか、そのつもりで口を開いたのは王であった。


「無理もない。ボリスよ。

 驚かしが過ぎるというものだ。

 ヴィクトリアもサプライズが大好きでのう。

 その姪であるアレクサンドラも、きっとそうであろうと想い、お前にも勧めたのだが。

 しかし、もう少し前もって何か言うべきであったのう。

 それどころか、お前はあえてアレクサンドラのことを良く想っておらぬという風評を友人に流させたろう。

 しかも婚約破棄などとまで。

 まあ、わしもアレクサンドラの驚きの後の喜ぶ顔が見たくて、

――あのヴィクトリアがいつも見せてくれた如くの顔が見たくて、

――ついつい、そのたくらみに荷担して、色んなところで、それを吹聴してしもうたがのう。

 あんな言葉、そう易々とは信じまいと想うところもあってのう。

 実際、ヴィクトリアから聞いておらなんだか?

 王家にとって、婚約破棄とは呪われた語に他ならぬ。

 何せ、それを告げて後、急死した者は6人を数える。

 はやりの演劇に婚約破棄のネタを提供しているのは、他ならぬ王家よ。

 事実、いずれも、惨憺たる様に終わっているのだから。

 脚本家が少し手を加えるだけで、1つの舞台が、それも大人気の舞台ができあがるのだからのう。

 この後、決して王家が婚約破棄を告げることはあるまい。

 そのように、わしは度々ヴィクトリアに告げておったのだが、そなたも聞いておったろう」


「いえ」


(伯母上から聞いたことは無かった。

 なぜだろうか?

 ただ、この王の言葉を信じるならば、私に告げて良さそうなもの。

 王の言葉を信じなかったのか?

 あれほど愛されておったにもかかわらず。

 それは本人も自覚しておったはず。

 亡くなる直前にも、呆れるほどにたっぷりののろけ話を聞かされた。

 それもいつになく長時間。

 というか、その夜、伯母上はお泊まりになり、夜通し聞かされたのだ。

 その半ば以上は、聞いているこちらが顔を赤らめたくなるような話であった。


 伯母上の死は、私にとっても公爵家にとっても痛恨であった。

 しかし、悲惨な印象は薄い。

 それは間違いなく、女としての幸せボケ、溺愛の最中での死に他ならなかったゆえ。

 伯母上が王を信じなかった。

――それこそ私には信じられぬ。


 王家が自らに婚約破棄を宣告することを禁じたとすれば、それは公爵家が死神との契約書を用いて来たことの結末に他ならない。

 とすれば、実家で前者の話を持ち出せば、自ずと後者の話も出て来る。

 おそらく、どこからか漏れることを恐れたのであろう。

 うまく行っておるならば、何も言う必要も無いと考えたか。

 それならば、うなずけるが。

 ただ、このことを告げてくださっておれば、こんなことにはならなかったものを。

 とはいえ、伯母上自身、自らが死ぬなどとは想っておらねば。

 その必要が生じた時に伝えれば良い、そう考えたか。

 確かに、私が今回の如き不安に駆られたとしても、もし伯母上が存命であれば、まさに一言相談するだけで、この苦境に陥るは防げた。


 それはさておき、早く帰らねば。

 しかし、この親子は、まさにこちらの気も知らぬげ。

 いつまで、のんきに長話をすれば、気が済むのだ。

 私はいつまで耐えれば良いのだ。

 あのいまいましき村娘にまといつかれてからずっとだ)


「ただ、こたびはむしろ逆効果じゃったようだ。

 病み上がりのそなたには刺激が強過ぎたのよ。

 しかも側室の件まで出されては。

 なあ。アレクサンドラよ。

 そうじゃろう。

 ボリスよ。

 お前は果たして女性の心をどこまで理解しておるのか」


(伯母上がどうかは知らぬが、私は側室は気にならない)


「ヴィクトリアも、何かとヤキモチを焼いたものよ。

 それはそれはうれしくてのう。

 こんなに美しい女が、しかもこれほどに愛する女が、わしを好いてくれておる。

 ヤキモチはその何よりの証しじゃ。

 天にも昇る気持ちとはこのこと。

 もっともっとヤキモチ焼いてほしくてな。

 しばしば、側妻への愛情を口にしたりもした。

 ただ正直言って、ヴィクトリアの十分の一も愛しておらぬ。

 これはアレクサンドラ、そなたの前だから言うのではないぞ。

 事実だ」


(確かに先に伯母上の若かりしドレスを見ただけで涙を流された。

 ただそろそろ話を終わりにしてくれぬか。

 早く家に帰って契約書を・・・・・・)


『帰らせてもらいます』との言葉を何とか抑え付ける。

 死ぬと決まった訳では無い。

 確かに契約書は読めぬが、父は読めるのかもしれぬし、読めぬとしても、私が知らぬことを知っておるのではないか。

 そう期待するゆえであった。

 王や王子の印象をことさら悪くする行いは控えるべきであった。

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