第二章

第56話 骨の教団

「お、“古のスケルトン”が出た」


 放課後の部室。真澄は菊姫に買ってもらったダンジョンズエクエスのカードパックを開封する。名目としてはフォトグラファーの手伝いをした報酬だった。


 現金よりも現物支給のほうが気をつかわなくて済む。ビジネスパートナー色が強まるのには抵抗があった。


「そのカード何枚も被ってるでしょ」


「何枚出てもいいんだよ。パック丸々でもいいぐらいだ」


「ま、気持ちはわかるわよ。データで遊ぶのもいいけど、やっぱりリアルで手に取れると楽しいわね」


 塩浦もカードを開封しながら一喜一憂する。


「そうだ菊姫さん、カードにサイン書いてください」


「サインなんてないよ」


 生真面目に顧問の役目を果たす菊姫が、素知らぬ顔で首を振った。


「いやいや、自分のサインを作るのは誰しも通る道なんです。れっきとしたフォトグラファーになった今、作ってないは通用しませんよ」


「決めつけかな。筆記体でOkikuの名前を書くぐらいならできるけどね」


「では、その昔から考えていたサインをお願いします」


「考えてない」


 菊姫は慣れた手つきで受け取ったカードにサインを書く。


「ありがとうございます。筆記体にしてはデザイン的ですよね」


「そういう意見もある」


 その後もカードパックを剥き続けて、真澄と塩浦は満足げに眺める。


「じゃあ勝負よ名郷!」


「カスミンを使うのはなしだからな。菊姫さんはカードで遊ばないんですか?」


「アプリを見るだけで十分」


 ゲームの準備にデッキを組み始めると部屋に静寂が訪れた。度々目に留まるスケルトンのカードを手に、真澄は自然とファイネを思い出す。


「……あの黒い鎧はなんだったんだろうな」


「その話も何回目ってぐらいしたわよ」


「気になるし。なんらかの手段で元の姿に戻ったとして、イメージの騎士とは違ったな」


「剣の鞘にガイコツっぽい装飾は見えたわね。スケルトンの姿が何か影響したのか、騎士の解釈違いなのかは謎よね」


「解釈か……」


 何度も話した内容のため会話はすぐに止まる。


「本人に聞く意外に知るすべはないかな」


 結局、落ち着くところも毎回同じだった。






『行くか』


 学校の部室で過ごした後は真澄の家に三人で集まって、庭のダンジョンでスケルトンに変身する。回数を忘れるほどに慣れた行動もどこか緊張感があった。


 通路を進んで小部屋に入っても迎える声はない。木の板に置かれた座布団の上には骨が置かれていた。


『ファイネ?』


 真澄の呼びかけにも無反応で肩を落とす。


『もう一週間は経つのかしら』


 異形との戦闘以降、ファイネは姿形を崩したままで話すこともできないでいる。頭部を持って動かすと各部の骨が追従するため、魔物のスケルトンと同様で生きているのはわかった。


『持ってる魔力を使い果たしたんだろうけど、回復するのにこんな時間がかかるとは思わなかったな』


『魔物ならすぐに起き上がってくるはずなのよね』


 ファイネが今の状態になって以来、ダンジョンの探索は休み続き。部室で過ごす時間が増えてこの場でも雑談に終始した。


『そろそろチーム名を決めてもいいと思うんだけど』


 どうせなら前向きな話題と塩浦が提案する。


『チームか。菊姫さんがまず探索者のカードになるって話だったな』


『あまり期待しないでもらえるかな』


『ジェムリアをあんなに使いこなせるなら一発でカード化よ!』


 前のめりな反応に、菊姫は両肩をすくめて骨を鳴らした。


『段取りというか下準備は整ってるのか』


『決めるべきことは決めておかないとね。運営に手間がかからないと思われるのは大事なの』


――劔火愁の名前を使えるようになっただけで十分に贔屓してくれそうだけどな。


『名郷はこれがいいって名前はある?』


『せっかくだし骨にちなんだのがいいか』


『骨骨団みたいな?』


『……』


 真澄は少し間の抜けた名称に、自分がまともに考えなければと頭を悩ます。


『骨骨の集いはどうだ?』


『ちょっと間抜けに聞こえるわね』


『……』


 塩浦に引っ張られた名称は同じ感想を持たれてしまう。そして、二人は自然と菊姫を見た。


『……骨の教団?』


『いいじゃないその名前!』


『さすが菊姫さん。中二的センス抜群ですね』


『きみには負けるよ』


 それぞれの骨の音が合わさって小部屋に響き渡る。


『チーム名が決まったら、あとは菊姫さんがジェムリアを使って魔物を倒せばいいのか?』


『その様子を撮る前に衣装が必要ね』


『あー、手芸部だっけ?』


――確か制作を頼んでると聞いた気がする。


『明日にでも進捗を聞いてこようかしら』


 塩浦が持つセンスに関しての心配は今さらで、真澄は手芸部を信じるしかなかった。


 談笑が続くさなか照明具が不気味な影を浮かび上がらせる。三人の骨の鳴りに混じる音はかき消され、すぐに気づくことはなかった。

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