閑話

「ンフゥ? これは興味深い」


 ダンジョンにある石組みの小部屋。生物の内臓に似た大きな袋が二つ壁にかかる前で、痩せた男が不気味に笑った。


「彼らはダンジョンを調査する方々なのデショウか」


 男は手帳を手に頭を震わせる。くすんだ紫色の髪、くたびれたローブ姿とは対照的に、血走った目からは不穏な精気を感じさせた。


「オヤ?」


 男がつける紋様の施された指輪に突然ひびが入って砕けた。


「置いてきた作品が壊されマシタねぇ」


 首を傾げた男は天井に向かい息を吐く。


「まさか、あの死神もコチラへ?」


 けたけたと小さく笑って手帳を地面に捨てた。


「転移魔法でようやく別のダンジョンを引き当てましたが……イエ、正面からの相手を避けれたのは正解デシタねぇ」


 壁の袋が底から破れて骨が地面に転がった。それを見て男の独り言が増えていく。


「なんの因果か来れた場所。興味は尽きマセンが、この方たちの同業者に狙われるのも面倒デス。エエ、エエ……またしばらく転移魔法の構築に精を出しマショウ。外へ出られるのはいつになるか……クフゥ、フフッ!」


 小部屋を越え、気味の悪い笑い声がダンジョン内に響き渡った。




 ◇




 栄えた街と街の間にあるさびれた駅前に、三階建ての古い事務所が建っている。看板は目立たず近所の住民でさえ景色のひとつとしての認識しか持っていなかった。


 一階二階部分はダンボールなど荷物で埋まり三階が仕事場になっている。狭い部屋に簡素なキャビネットや棚が並んで時折、冷房が異音を発していた。


「……」


 壁際の席に着いた男が書類に目を落としてため息をつく。その隣では短い髪の女が無表情に立つ。この場に配置された人員は彼ら二人だけだった。


「ダンジョンで行方不明者が出ると嫌になるね」


「高ランクの探索者に調査を依頼しています」


「うーん……」


 男は書類を机に置いて腕を組んだ。


「異世界人がいるって情報が着てたでしょ」


「定期的にくる悪戯の類かと。異世界人はダンジョン関連の雑誌でよく取り上げられていますので」


「今までは発信者を特定できて誤情報の確認ができていた。でもさ、直近のはまったく追えなかったはずだ。悪戯にしては手が込んでると思わない?」


 女は返答せずに瞬きをする。


「気を揉むことが続くと嫌な想像が働く」


「異世界人がいて悪さをしていると仰りたいのでしょうか」


「我々はすでに異世界人がいるのを知っている」


「例の自称賢人ですね」


「自称とは手厳しい」


 椅子に背を預けた男が天井を見た。


「以前、遠回しに女性を要求したと聞いています」


「なんとも困る話だけど貴重な情報源だからね。行政委員会なりに倫理規定を守って付き合うしかない。もしも悪さをする不届き者がいるなら、ぜひとも異世界人の弱点を聞いておきたいところだが」


「自らの弱点を簡単に教えるとは思えません」


「犠牲者が出た、上から強引な手を使えと言われている、と多少の脅しを交えればどうかな?」


「倫理規定を守って、ですか?」


「その通り」


 口の端を小さく曲げて、女は曖昧に意思を示した。


「とにかくだ。行方不明者が出たダンジョンは恒久的な立ち入り禁止を検討しよう」


「依頼をした探索者はどうします?」


「短いインターバルで地上へ戻ってきてもらう。入口で待機する人員を用意して必ず確認を取るように」


「戻ってこなかった場合は?」


「改めて立ち入り禁止を発表するしかない。行方不明者の調査をしなければ責任問題になって、その調査で間違いが起こっても責任問題になる。嫌な立場だ」


 男が窓の外に視線を移すと、女もつられて見る。


「すっかり夏の空になってきたな」

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