第55話 騎士の姿

 異形との戦闘を続けるなか、ファイネは通路に真澄たちがいるのに気づいていた。


 わざわざ縄梯子を使ってきた場所。何かトラブルがあったのは明白だが、今は手一杯で目の前の相手に集中する。


 何度か伸びた腕と胴体、首を斬り飛ばしても瞬時に再生するのは確認済み。ダンジョンが持つ魔力で行うには異常さが目立ち、人為的な魔法の行使が窺えた。


 気配を探るも湧き出るゾンビもどきが魔力の流れを複雑にさせる。異形に集中して魔力の糸を手繰り寄せるように、地道な作業が必要だった。


 長引かせないためゾンビもどきの攻撃を無視で意識を一点に向けていると、作業服が徐々に破れて骨が露出する。貰い物だが申し訳なさを越える信頼はあった。


「カタカタ?」


 その時、束になっていた魔力から一本の糸が離れる。それは真澄たちへ向かったゾンビもどきで、魔力の流れに変化をもたらした。


 分かれた命令系統を色と同じく識別するのはファイネにとって容易い。部屋の左、壁の向こう側へつながるのが見えた。


 ファイネは一瞬で移動して剣を突き立てる。しかし、甲高い音がするだけで壁は壊れなかった。


 冷静に攻撃を避けて考えるのは魔力に対する防御が施されていそうだということ。異形の力任せな腕の振りで壁の表面が削られたのを見逃さなかった。


 そして、部屋の端に行った影響でゾンビもどきの探知が入口通路へ傾く。


「カタカタ……!」


 異形以外に大物の反応は薄く根源は把握済み。溜めた魔力の使いどころだと覚悟は決まる。次の瞬間、空間が爆発した。通路へ向かうゾンビもどきが全て吹き飛び、濃い魔力が現実に可視化されて赤い風が渦巻いた。


 続けて中心にいたファイネの姿が変容する。破れた作業服が外れ露わになった骨が肉付き始めた。


 発達したふくらはぎ、筋の浮いた太ももが形作られ白い肌の少女になる。赤い髪がなびくと同時に黒い鎧が身体を包んだ。腰には骸骨の手が装飾された鞘を下げ、背には棺桶を模した盾を装備する。


 ファイネが行ったのは自身にかけられたスケルトンになる魔法を、力業で上書きする方法。多量の魔力を消費して一時的に元の姿へ戻ることができた。


「――――――」


 日本語や英語とは全く違う言語を呟いたファイネは腰を落とす。鞘から抜いた剣の切っ先を異形に向けて水平に保ち、一気に距離を詰めた。


 その速さは圧倒的で異形の腹を突き貫く。さらに大きな図体全てを巻き込んで壁に激突した。


 威力と質量の双方が合わさり壁は轟音と共に崩れ去る。奥に現れたのは小部屋で異形の身体が耐えられずに四散。ガラスが砕ける音が響いた。






「……」


 通路に入ってきたゾンビもどきを倒した真澄は、目の前で起きた光景に驚くしかなかった。部屋を覗くと他のゾンビもどきは全て地面に倒れている。さきほどまでの騒がしさが嘘のようだった。


「さっきの、ファイネであってる……?」


「スケルトンだった師匠が人になって見えたわね……」


「私には何が何だかさっぱりだよ。落ち着いたならファイネを探す?」


「ですね」


 何が起こったかは棚に置き、慎重に部屋へ踏み込む。


――本が結構散らばってるな……。


 真澄は本棚の残骸に誰かがいた痕跡を見る。ファイネがスケルトンになった経緯などを思い出し、少し寒気が走った。


 部屋をひと通り見渡して壊れた壁を確認する。


「魔法陣か……?」


 奥の部屋には床と天井、壁に紋様がびっしりと刻まれていた。異形の残骸と混ざって砕けた水晶の破片が落ちている。


「ファイネがいないな」


「あ、この骨は……?」


 中央には無力化したスケルトンと同様に骨が集まっていた。


「カタ……カタ……」


「ファイネか?」


 真澄は恐れず骨の頭部を手にし、話しかける。


「カタ……」


「魔力を使いすぎてこうなったみたいだな」


「相変わらずの骨語ぶりね……」


 塩浦が唇を尖らせて疑わしい目を向けた。


「ま、状況を考えると遠からずなのかしら」


「あまり危険を訴えかけてこないのは脅威が取り除かれたと思っていいんじゃないか?」


「師匠からちゃんと話を聞きたいけど……」


「帰ってからかな」


 菊姫の一言に沈黙が流れる。崩れた地面を戻るため、頼りにしていたファイネの現状を見て肩を落とすしかなかった。


「塩浦、頼んだぞ」


「サボろうとしてんじゃないわよ」

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